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茨城県(行方市)・西蓮寺

千葉県(行方市)・西蓮寺
20190722

なんか京都に行きたくなるよね(笑)
 
一ヶ月ほど巡りたい。
 
尊敬する方は福岡の親元を離れたかったらしく京都を選んだらしい。]
 
素晴らしい四年間だったらしい。
 
『学生運動参加したんですか?』と尋ねたら
 
『まさか!でも、私たちの世代の責任って大きいよね…。』
 
初めてこの世代の方から聞いた。
 
『凄いですね◯◯さん、その世代の方から初めて聞きました(笑)』、『え?そう?』
 
感謝
 
南無大志編上金剛
心経一巻
 
基本情報
所在地:〒311-3514 茨城県行方市西蓮寺504
電話:0299-56-0107
 
 
 
 

西蓮寺 (行方市)
西蓮寺(さいれんじ)は、茨城県行方市西蓮寺にある天台宗の寺院。山号は尸羅度山。院号は曼珠院。本尊は薬師如来。俗に常陸の高野山ともいわれる。山門(仁王門)と相輪橖は国の重要文化財、木造薬師如来坐像は茨城県指定有形文化財である。また、境内の面積は1万6000平方メートルあり、県指定天然記念物である樹齢1000年以上といわれる2本の大イチョウのほか、サクラ・スギ・シイの巨木が茂っている。
西蓮寺(さいれんじ)は、茨城県行方市西蓮寺にある天台宗の寺院。山号は尸羅度山。院号は曼珠院。本尊は薬師如来。俗に常陸の高野山ともいわれる。山門(仁王門)と相輪橖は国の重要文化財、木造薬師如来坐像は茨城県指定有形文化財である。また、境内の面積は1万6000平方メートルあり、県指定天然記念物である樹齢1000年以上といわれる2本の大イチョウのほか、サクラ・スギ・シイの巨木が茂っている。
 
文化財
仁王門
西蓮寺相輪橖
重要文化財(国指定)
 
山門(仁王門)
室町時代後期の天文12年(1543年)に建立されたもので、もと二階建・三間一戸の楼門であった。屋根はトチ葺き形銅板葺き[1]。室町時代末期・天正4年(1576年)に修理された後、江戸時代の寛政年間(1789–1801年)に楼門の2階部分を取り壊し、一階建の山門となった。江戸時代末期の安政7年(1860年)に現在の位置に移築されて仁王門に改められた。今日に見ることができるのは、三間一戸楼門の一階部分だけが残されたものであり、蟇股(かえるまた)と蓑束(みのづか)の形に室町時代末期の地方的特徴がみられるといわれる。1917年(大正6年)4月5日、重要文化財(建造物)指定。
 
相輪橖
天台宗の象徴となるもので、比叡山延暦寺、日光輪王寺の相輪橖と並び称される。高さ9.16メートル、基壇、橖身、頭部の3つの部分からなり、全体的に錫杖形をしている[3]。基壇は石造り3段積。橖身は円柱形で、木芯に銅板鍛造の筒をかぶせて、つなぎ目に帯輪が巻かれている。頭部は五輪塔形で、頂部に火焔がつけられた宝珠、その下に大輪及び大輪に架けられた12個の小輪からなる[3]。大輪には卍(まんじ)字が飾られている。元寇(弘安の役)の戦勝を記念し、弘安10年(1287年)に建立したものと伝えられる[3]。塔身には、寄進者と思われる多くの人名が刻まれている。その後、慶長9年(1604年)、天保12年(1841年)および、1903年(明治36年)と幾度か修理が実施されており、近年では1977年(昭和52年)に木芯の腐朽を原因とする橖身の傾斜から、解体修理が行われた。1917年(大正6年)8月13日、重要文化財(建造物)指定。
茨城県指定有形文化財
木造薬師如来坐像
木造薬師如来坐像が安置されている薬師堂
薬師堂奥の収蔵庫に安置される西蓮寺の本尊である。高さ148.5センチメートル、一木造りで、背刳りを施す。寺伝によれば、開基した最仙本人が彫ったものと伝えられ、茨城県内有数の古木像とされている。特徴としては、小鼻が張り、目と眉の切り方は大きく、唇が厚くなっており、顔は大きく作られていて両腕も非常に太い。彫りは翻波式(ほんばしき)の名残をとどめており、彫りが深いところには当時の胡粉が残っている。1958年(昭和33年)3月29日、県指定有形文化財(彫刻)に指定。
 
茨城県指定天然記念物
大イチョウ
西蓮寺の大イチョウは2株あり、それぞれ一号株・二号株という。一号株は相輪橖の近くにあり、幹囲約6メートル、樹高約25メートルあり、1883年(明治16年)の火災のときに幹が焼けて細くなっている。伝承では開基した最仙の御杖銀杏といわれ、根元に子安観音が祀られている。二号株は一号株より東側に位置し、幹囲約8メートル、樹高約27メートルあり、根元に尸羅度稲荷社が祀られている。1917年(大正6年)の台風で幹の途中が折れた。二株とも雄株で樹齢1000年以上といわれ、俗に「チチ」と呼ばれる大きな気根が多数下垂し、イチョウの老樹の特徴を備えながら樹勢は旺盛である。晩秋の黄葉は見事で、境内を明るく彩る。
常行三昧会(じょうぎょうざんまいえ)
西蓮寺の伝統行事で、西蓮寺の末寺、門徒寺の僧侶が常行堂に集まって、9月24日 - 9月30日の7日7夜にわたって堂内を廻りながら独特の節回しで阿弥陀経を立行読経する大法要が行われる[8]。寛治年間(1087–1094年)この地の長者が比叡山より移したものと伝えられ、「長者供養」とも称される。初日、中日、末日には境内で学頭寺のなごりを彷彿させる籠行列がみられる。別名「仏立て」ともいわれる法要で、宗旨の別なく地元はもとより遠隔地からも新仏の供養に参詣人が訪れる。また、この時期にはボランティアが植えた10万本の彼岸花が見頃となる。2001年(平成13年)3月30日、行方市指定無形民俗文化財に指定。
 
ふるさと山百合まつり
毎年7月中旬から下旬に井上山百合の会、行方市観光協会で開催されているイベントで、境内では山百合や山野草などの即売会も行われている。行方市民によって西蓮寺近隣の里山「山百合の里」に植えられた2万本のヤマユリが咲く「山百合の里」へは大人は一人300円で、高校生以下は無料である。
 
 
 
 
 
 
【行方市の概要】
行方市(なめがたし)は、茨城県南東部の鹿行地域に位置する市である。2006年(平成18年)には鹿島アントラーズの広域ホームタウンに加わった。
 
地理
北浦と鹿行大橋(行方市山田地区より)
東京都心から約70km、県庁所在地の水戸市から約40kmに位置する。東は北浦、西は霞ヶ浦という二つの広い湖に挟まれ、東西の湖岸部分は低地、内陸部は標高30m前後の行方台地といわれる丘陵台地により形成されている。水戸市や土浦市から車で約1時間、石岡市や鹿嶋市からは約30分である。
市勢
面積:166.33 km2
人口:38,302人
男性:18,809人
女性:19,493人
世帯数:11,626世帯
人口密度:230.27人/km2
(2010年8月1日時点)
隣接する自治体
潮来市
鉾田市
小美玉市
かすみがうら市:霞ヶ浦(西浦)で隔たれているが、霞ヶ浦大橋(国道354号)によりつながっている。
Flag of Kashima, Ibaraki.svg鹿嶋市:北浦で隔たれているが、北浦大橋(県道186号)によりつながっている。
なお、稲敷市、美浦村とは道路(橋)ではつながっていないが、 霞ヶ浦上で境界を接している。
歴史
年表
行方市発足以前
1968年(昭和43年) - 鹿行大橋の開通。
1975年(昭和50年)4月1日 - 国道355号(千葉県佐原市 - 石岡市間)の制定。
1987年(昭和62年)3月3日 - 霞ヶ浦大橋の開通。
1993年(平成5年)4月1日 - 国道354号(群馬県館林市 - 大洋村)の制定。
1995年(平成7年)2月22日 - 北浦大橋の開通。
行方市発足以後
2005年(平成17年)9月2日 - 行方郡の麻生町・玉造町・北浦町が合体(新設合併)し、行方市が発足。
玉造町の住民の要望により玉造町で実施された「合併に関する住民投票」では、当時の坂本俊彦町長(後の行方市初代市長)が主張する、「麻生町、北浦町との合併」に反対する票が多数を占めたが、町長は合併を強行した。
当時、北部(旧玉造町)の住民からは北の小美玉市(旧:小川町)と、南部(旧麻生町)の住民からは南の潮来市(旧:牛堀町・潮来町)と、東部(旧北浦町)の住民からは東の鉾田市(旧:鉾田町)との合併を希望する意見がだされたが、合意には至らなかった。
2007年(平成19年)4月1日 - 鹿島鉄道線が廃止。桃浦、八木蒔、浜、玉造町、榎本の各駅も廃駅となるが、玉造町駅のみバスターミナルとして敷地と名称が引き継がれる。
2011年(平成23年)3月11日 ‐ 東日本大震災により震度6弱を観測。水道等のライフラインが壊滅的な被害を受けたうえに、旧北浦町と対岸の鉾田市を結ぶ国道354号の鹿行大橋が崩落した(新しい橋が2012年に開通)。

市議会
任期:2019年5月1日 - 2023年4月30日
定数:18[4]
議長:鈴木義浩
副議長:宮内守
茨城県議会
2010年(平成22年)の県議選から、定数1の選挙区として実施。
行方市選挙区(定数1)
横山忠市(自由民主党)
旧麻生町の最後の町長であった。
衆議院
小選挙区:茨城県第2区
茨城県第2区選出議員:額賀福志郎(自由民主党)
市役所庁舎
行方市は本所機能を分散させた分庁舎方式を採用する。各庁舎はそれぞれ旧町の町役場である。
麻生庁舎
〒311-3892 茨城県行方市麻生1561番地9
北浦庁舎
〒311-1792 茨城県行方市山田2564番地10
玉造庁舎
〒311-3512 茨城県行方市玉造甲404番地
エリア放送
行方市は、地上一般放送局の免許を取得しなめがたエリアテレビとしてエリア放送を実施している。ワンセグのみではなくフルセグとしても放送している。[5]
裁判所
水戸地方裁判所麻生支部(家庭裁判所、簡易裁判所併設) - 行方市、鹿嶋市、潮来市、神栖市を管轄。
経済
産業
漁業
霞ヶ浦では鯉の養殖が盛んである。
白浜漁港
麻生漁港
小高漁港
五町田漁港
荒宿漁港
手賀漁港
高須漁港
農業

さつまいも畑(行方市井貝地区)
いちご
水菜
エシャレット[6]
キャベツ
わさび菜
上記の農産物が県銘柄産地に指定されている。
さつまいも
畜産業
養豚
商業
主なチェーン店は次の通りである。
カインズモール
カインズホーム玉造店
ワンダーグー玉造店(TSUTAYA併設)
ヤマダ電機テックランド行方店(閉店)
ケーズデンキ行方店
ベイシア玉造店
モスバーガー
サーティワンアイスクリーム
 不二家
セイミヤモール麻生店
マクドナルド
コメリ(麻生店・北浦店・玉造店)
ヤックスドラッグ玉造店
ウエルシア(行方玉造店・行方麻生店)
金融機関
常陽銀行 - 玉造支店、北浦支店、麻生支店
水戸信用金庫 - 玉造支店
佐原信用金庫 - 麻生支店
筑波銀行 - 麻生支店
なめがたしおさい農業協同組合 - 総務企画本部・営農経済本部、麻生支店、北浦支店、玉造支店
地域
教育
高等学校
茨城県立玉造工業高等学校
茨城県立麻生高等学校
中学校
行方市立麻生第一中学校
行方市立麻生中学校
行方市立北浦中学校
行方市立玉造中学校
(私立)北浦三育中学校
小学校
行方市立行方小学校
行方市立麻生小学校
行方市立大和第一小学校
行方市立大和第二小学校
行方市立大和第三小学校
行方市立北浦小学校
行方市立小高小学校
行方市立太田小学校
行方市立小貫小学校
行方市立三和小学校
行方市立玉造小学校
行方市立玉造西小学校
行方市立玉川小学校
行方市立現原小学校
行方市立手賀小学校
行方市立羽生小学校
社会教育施設
茨城県立白浜少年自然の家
レイクエコー(茨城県女性プラザ・鹿行生涯学習センター)
なお、すべての小中学校で生徒数の減少が加速しており、半数以上の学校の生徒数は100名未満、さらに一部では複式学級が実施されている。 加えて校舎の老朽化も深刻化、問題となっている。
これを受け市は、市立の小中学校を統廃合し、一定の生徒数を確保できる新学校を作る計画を打ち出している。早いものは2012年(平成24年)に統廃合が始まっている。最終的には小学校が4校、中学校が3校に集約される予定。
しかし子供の減少という根本的な解決には至っておらず、今なお子供の数は減り続けているため、早急な対応が求められている。
ただし、中学校では清真学園中学校(鹿嶋市にある私立学校)、高等学校では近隣市にある高校や高専に進学するという選択肢もあり、そのような学生も少なくない。
交通
バス
関鉄グリーンバス
通学急行バス
新鉾田駅?鉾田駅?北浦庁舎?麻生庁舎
霞ヶ浦広域バス
玉造駅?田伏?協同病院?土浦駅
鹿島鉄道代替バス
新鉾田駅?玉造駅?石岡駅
広域連携路線バス
潮来駅~水郷潮来バスターミナル~道の駅いたこ~延方駅~なめがたファーマーズヴィレッジ~鹿島大野駅
コミュニティバス「行方ふれあい号」(2009年度で廃止)
乗合タクシー「行方ふれあい号」
道路
一般国道
国道354号
北方面 - 鉾田(旧・大洋村)・国道51号
南方面 - かすみがうら・土浦・つくば
霞ヶ浦大橋(2005年11月1日に無料化。)
北浦バイパス
鹿行大橋[7]
国道355号
東方面 - 潮来・国道51号・香取
西方面 - 小美玉・石岡・笠間
玉造バイパス
主要地方道
茨城県道2号水戸鉾田佐原線
茨城県道8号小川鉾田線
茨城県道50号水戸神栖線
一般県道
茨城県道116号鹿田玉造線
茨城県道183号山田玉造線
茨城県道184号島並鉾田線
茨城県道185号繁昌潮来線
茨城県道186号荒井行方線
北浦大橋
茨城県道187号矢幡潮来線
茨城県道222号古宿麻生線
茨城県道360号大和田羽生線
自転車道
茨城県道504号潮来土浦自転車道線
高速道路
常磐自動車道
土浦北ICより約40分
千代田石岡ICより約35分
東関東自動車道
潮来ICより約25分
茨城空港北ICより約20分
名所・旧跡・観光スポット・イベント・グルメ
全般
行方市商工会が開発した行方バーガーというご当地グルメがある。ナマズや鯉を使った珍しいハンバーガーである。
主要道路の市境付近には、日本語・英語・中国語・韓国語で「ようこそ行方市へ」「またお越しください」と書かれた看板が立っている。
旧麻生町
大麻神社祭礼の田町の山車
あそう温泉白帆の湯 - 浴場からは霞ヶ浦、筑波山、富士山を望むことができる。
天王崎公園 - かつては湖水浴場として賑わう。
サンセットフェスタIN天王崎 - 毎年8月に霞ヶ浦湖半の天王崎公園で、市内外の団体や個人から寄付を受けて開催されるイベントである。夕方からステージ上でのイベントが開催され、夜には湖上花火大会が開催される。打ち上げ数は毎年約5000発で、1万人前後が訪れる。
畑家住宅 - 麻生藩家老屋敷。市指定文化財。
麻生陣屋跡 - 現・麻生小学校敷地。
どぶろく祭 - 春日神社の祭礼。どぶろくが振る舞われる。
馬出し祭 - 八坂神社の祭礼。
大麻神社祭礼 - 麻生市街地の祭礼。佐原型山車5台が曳き廻される。
イルミネーションフェスティバル - 12月中旬頃から1月上旬頃までの17時から22時までメイン会場の麻生公民館と近くの商店街で開催される。約15万個の電球が使用されている。公民館にある約10mのヒマラヤスギにハート型のイルミネーションが飾られている。大晦日に限り、日没から日の出近くまで点灯されている。
なめがたファーマーズヴィレッジ(農業テーマパーク)[8]
旧北浦町
山田祇園祭り - 山田地区の祭礼。佐原型山車1台が曳き廻される。
化蘇沼稲荷奉納相撲 - 武田地区にある化蘇沼稲荷神社で毎年8月25日に行われる祭礼。奉納相撲や、小学6年生女子児童による巫女舞が行われる。
山田ワンド・金上ワンド - 北浦に面した釣りの名所。鯉やタナゴ、ブラックバスなどを釣りに、関東地方から多くの釣り客が訪れる。
旧玉造町
霞ヶ浦ふれあいランド・水の科学館
霞ヶ浦ふれあいランド
道の駅たまつくり
高須崎公園
西蓮寺(さいれんじ)
ふるさと山百合まつり - 毎年7月下旬に西蓮寺で開催される。行方市民によって山に植えられた2万本のヤマユリが見られる。見学料1人300円、高校生以下は無料。
大場家住宅 - 県指定文化財。大山守。
三昧塚古墳
大宮神社例大祭 - 玉造市街地の祭礼。お囃子は石岡系である。石岡型の山車が3台引き廻される。他にも幌獅子や子供御輿なども出る。
芹沢外記旧宅
鴨の宮 - 『常陸国風土記』由来の神社。
万葉の歌碑
玉清井
高須崎の一本松
玉造郷校
玉造城跡
手賀城跡
ふるさとふれあいまつり - 例年8月の第一土曜日夕方頃より玉造の商店街で開催される。山車が総勢8台出る。
地域にゆかりのある著名人
行方市の場合、地域出身者の出生地や出身地について、資料に「旧麻生町の生まれ」「旧玉造町出身」などとあっても、これがただちに現在地名の「行方市麻生」や「行方市玉造」に対応するとは限らない。それと言うのも、その資料が省略してしまっている本当の場所、すなわち、字レベルの詳細な地域名が現在住所に反映されている可能性が多分にあるがゆえに、特定できないからである。実例を挙げれば、出久根達郎は「行方郡北浦町」の生まれであると多くの資料で確かめられるが、だからと言って現在地名「行方市北浦」と比定するのは間違いであって、行方市の公式ウェブサイト上にある「旧北浦町成田地区出身[9]」という資料に基づき、現在地名「行方市成田」こそ比定されるべき場所である。一方で、永作博美は「行方郡麻生町」の生まれとされているが、市の公式ウェブサイトに「旧麻生町麻生地区出身[9]」とあることから、旧麻生町内の他のどこでもなく現在地名「行方市麻生」と比定できる。このような特定に不可欠な資料が確認できないものについては、本項では「現在の行方市旧○○町内」などと表記した。
名誉市民
行方市名誉市民条例は2005年(平成17年)9月2日に施行されているが、選定者はまだいない。
出身著名人
江戸時代以前の生まれ
明治生まれ
内田信也 - 1880年(明治13年)12月6日、現在の行方市旧麻生町内(当時の行方郡内)生まれ。出生地および東京府東京市神田区(現・東京都千代田区神田地区)育ち。実業家(三大船成金の一人)。政治家(宮城県知事、鉄道大臣、農商務大臣、農林大臣等)。【転出】※中学校と高校は共に東京の学校に通う。
花井忠 - 1894年(明治27年)12月3日、現在の行方市旧麻生町内(当時の行方郡内)生まれ。弁護士、検事(検事総長等)。
大正生まれ
昭和生まれ
靉嘔 - 1931年(昭和6年)5月19日、現在の行方市旧玉造町内(当時の行方郡内、1955年以降の玉造町)生まれ。画家。
塙雲峰(はなわ うんぽう) - 1931年(昭和6年)、行方郡要村(1955年以降の北浦町要、現在の行方市要)生まれ。書道家。※なめがた大使(2011年 - )。
香川京子 - 1931年(昭和6年)12月5日、東京都生まれ。育ちは、兵庫県芦屋、東京都、茨城県行方郡麻生町(現・行方市麻生)など複数箇所。女優。【転入/転出】※生まれてすぐに兵庫県芦屋へ転居し、小学校入学の1年前に東京へ戻るも、女学校に上がった年に茨城県下館へ疎開後、間もなく麻生町へ転居する。その後、終戦に伴って東京へ戻る。
栗原喜依子 - 1935年(昭和10年)、現在の行方市旧玉造町内(当時の行方郡内、1955年以降の玉造町)生まれ。画家(洋画家)。
坂本俊彦 - 1940年(昭和15年)9月3日生まれ。政治家(玉造町長、初代行方市長、ほか)。
箕輪光博(みのわ みつひろ) - 1942年(昭和17年)、行方郡大和(1955年以降の麻生町大和、現在の行方市旧大和地区)生まれ。林政学者。※なめがた大使(平成23年9月2日委嘱)。
額賀福志郎 - 1944年(昭和19年)1月11日、行方郡小高村(1955年以降の麻生町小高、現在の行方市小高)生まれ。政治家(財務大臣等)。
出久根達郎 - 1944年(昭和19年)3月31日、行方郡成田村(1955年以降の北浦町成]、現在の行方市成田)生まれ。出生地および東京都育ち。作家(小説家、随筆家)。【転出】※中学校卒業後、集団就職で上京し、東京都月島の古書店に就職する。※なめがた大使(2011年 - )。
小牧幹(こまき かん) - 1948年(昭和23年)、行方郡小高村(1955年以降の麻生町小高、現在の行方市小高)生まれ。画家(洋画家)。元・教諭。※なめがた大使(2012年 - )。
塙敏(はなわ さとし) - 1950年(昭和25年)、行方郡要村(1955年以降の北浦町要、現在の行方市要)生まれ。ハンドボール指導者(日本代表男子ハンドボールチーム・コーチ等)。※なめがた大使(2011年 - )。
永作芳也 - 1955年(昭和30年)9月27日、行方郡麻生町(現・行方市旧麻生町内)生まれ。元・将棋棋士。
小林光恵 - 1960年(昭和35年)12月8日、行方郡玉造町甲地区(現・行方市玉造甲地区)生まれ。作家。※なめがた大使(2011年 - )。
永作博美 - 1970年(昭和45年)10月14日、行方郡麻生町麻生(現・行方市麻生)生まれ。女優、タレント、歌手。※なめがた大使(2011年 - )。
鈴木周也 - 1971年(昭和46年)9月14日、行方郡玉造町(現・行方市旧玉造町内)生まれ。政治家(第3代 行方市長 等)。実業家。
小澤英明 - 1974年(昭和49年)3月17日、行方郡北浦町津澄(現・行方市旧津澄地区)生まれ。サッカー指導者、元プロサッカー選手(Jリーグ所属)。※なめがた大使(2012年 - )。
根崎裕子 - 1982年(昭和57年)2月8日、行方郡玉造町(現・行方市旧玉造町内)生まれ。柔道家。
小室大地 - 1988年(昭和63年)6月28日生まれ。ハンドボール選手(日本ハンドボールリーグ所属)。
平成生まれ
信太弘樹 - 1989年(平成元年)6月24日生まれ。ハンドボール選手(日本ハンドボールリーグ所属)。
額賀澪 - 1990年(平成2年)、行方郡麻生町(現・行方市旧麻生町内)生まれ。小説家。
生年不詳
奈良崎正明(ならざき まさあき) - 旧麻生町大和地区(現在の行方市旧大和地区)の生まれ。歌手。※なめがた大使(2012年 - )。※写真から昭和生まれと推定。
地域にゆかりのある異邦人等
藤代範雄(ふじしろ のりお) - グラフィックデザイナー。行方市玉造沖洲地区(かつての行方郡立花村沖須)でデザイン事務所を経営。なめがた大使を務める(2012年 - )。※写真から昭和生まれと推定。「なめがた大使」10名の行方市による解説で唯一「出身」と書かれていないため、地域出身者ではないと思われる。
大使
行方市は、2011年(平成23年)9月2日、地域の宣伝や情報発信等を担う「なめがた大使」を、地域にゆかりのある著名人に委嘱した[9]。このとき委嘱されたのは、小林光恵(作家)、出久根達郎(小説家)、永作博美(俳優)、塙雲峰(書道家)、塙敏(ハンドボール指導者)、箕輪光博(林政学者)の6名であった[9]。先の6名に加えて、明くる2012年(平成24年)9月2日には、小澤英明(サッカー選手)、小牧幹(画家)、奈良崎正明(歌手)、藤代範雄(グラフィックデザイナー)の4名が委嘱された。
その他
日本の情報収集衛星(IGS) のデータ受信局のひとつが市内にある(旧北浦町)。
旧麻生町と旧玉造町の市外局番は0299であるが、旧北浦町だけは隣接する鉾田市と同じ0291である。
行方市の 郵便物は、鉾田郵便局を経由して旧町ごとに玉造(旧玉造町)・北浦(旧北浦町)・麻生(旧麻生町)の各郵便局が集配している。
姉妹都市・提携都市
東京都西東京市
2006年(平成18年)11月に災害時相互応援協定を締結した。
 
 
■My best shot!■
金沢・兼六園
 
兼六園
兼六園(けんろくえん)は、石川県金沢市に存在する日本庭園である。国の特別名勝に指定されている。広さは約11.7ヘクタール。
17世紀中期、加賀藩によって金沢城の外郭に造営された藩庭を起源とする江戸時代を代表する池泉回遊式庭園であり、岡山市の後楽園と水戸市の偕楽園と並んで日本三名園の1つに数えられる。2009年3月16日発売の『ミシュラン観光ガイド』では、最高評価の3つ星に選ばれた。園名は、松平定信が『洛陽名園記』を引用し、宏大・幽邃・人力・蒼古・水泉・眺望の6つの景観を兼ね備えていることから命名した。四季それぞれに趣が深く、季節ごとにさまざまな表情を見せるが、特に雪に備えて行われる雪吊は冬の風物詩となっている。県内でも随一の桜・梅・紅葉の名所でもあり、日本さくら名所100選にも選ばれている。
金沢市の中心部に位置し、周辺には成巽閣、石川県立美術館、金沢21世紀美術館、石川県政記念しいのき迎賓館などの観光地があり、道路(百間堀通り)を隔てて橋一本で金沢城公園とも繋がっている。入園は後楽園、栗林公園と同じく有料となっているが、早朝や年末年始・観桜期・金沢百万石まつりの日・お盆・文化の日などの時期は無料開放されている。また、兼六園の県民観賞の日(毎週土曜日・日曜日)などの各種入場料免除制度もある。

T-style

〒 811-5501

長崎県壱岐市勝本浦勝本浦356

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