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熊本県(八代市)・日奈久温泉 松の湯

熊本県(八代市)・日奈久温泉 松の湯
20191202
 
やっと来れた『松の湯』(笑)

僕、なんだかんだで140近い温泉施設。

もちろん公衆浴場が主だけどね。

僕にとってここは別格。

90年の湯船、そして人がいい。

この前は87歳のおじいちゃんが『壱岐には二回行ったよ』って。

感謝です。

いいお湯でした〜♪

200円也


基本情報
所在地:〒869-5133 熊本県八代市日奈久中西町380
電話:0965-38-0573


Official site
 
 
 
 


開湯600年の歴史ある温泉街に佇む小さな公衆浴場。
明治元年に建てられた佐敷警察署 日奈久分署の建物を昭和6年に購入し浴場を作って営業を始めたのが松の湯の始まりです。
その後、改装工事を行いましたが脱衣所と浴室が一体となった昔ながらの造りはそのまま。
さらに柱や休憩室の天井には明治から歴史を刻み続けてきた木を再利用。
とてもレトロな公衆浴場です。
時間がゆっくりと流れる日奈久で癒しのひとときをお過ごしください。

日奈久温泉
日奈久温泉(ひなぐおんせん)は、熊本県八代市(旧国肥後国)にある温泉。詩人・種田山頭火が愛好したことで知られる。

アクセス
肥薩おれんじ鉄道日奈久温泉駅下車徒歩10分または産交バスに乗車し、日奈久温泉前で下車。(毎時1・2本程度)

泉質
弱アルカリ単純泉

温泉街
天草諸島を望む不知火海(八代海)の海岸沿いに旅館街がある。木造三階建てが点在し往時の名残をとどめており、細い路地に懐かしい雰囲気が漂う。冬季には晩白柚を温泉に入れた晩白柚風呂が名物。海の幸も豊富で、とりわけタチウオ、ハモ、ワタリガニが有名。

合計16の泉源が集中しているが、現在は温泉協同組合を作り、一部の温泉を除いて共同管理している。湧出量は毎時140トン、ほとんどの旅館がかけ流しである。日奈久の名産として高田焼や竹細工、日奈久ちくわが知られる。

かつては駅と温泉を結ぶ乗合馬車も運行されていた。

歴史
1409年(応永16年)、刀傷を負った父(甲斐重村の家臣だった浜田右近)の平癒を祈願した浜田六郎左衛門が、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)のお告げにより干潟から湯を掘り当てた伝説が残る。六郎左衛門が掘ったとされる湯元には、記念碑が建っている[1]。

1540年(天文9年)8月11日から27日にかけて龍造寺氏、1586年(天正14年)9月10日に上井覚兼が、それぞれ湯治した記録が残っている。江戸時代には熊本藩細川氏の藩営温泉となった。藩主・細川綱利の命によって大浴場が設けられ、身分に応じて入浴が許可された[1]。八代城主・松井氏や参勤交代途上の島津氏もよく利用した。

明治に入ると宿も増え、名士たちも「どこよりも日奈久」とやってきたという。薩摩街道筋を中心に明治・大正・昭和の町の区割りや建物、路地が残っている。

金波楼
特に、明治末期から昭和初期に相次いで建てられた木造三階建て、二階建て旅館群は、九州内では最も多く密集しており、細部に至る数奇屋細工や和小屋・洋小屋掛け、浴場の変遷などを見ることができ、随所に建築的価値の高い建物が残る。国の登録有形文化財に登録されている金波楼のほか、泉屋、柳屋旅館、新湯旅館などが代表的で、いずれも現在でも宿泊可。

1967年に開業した市営日奈久温泉センターの老朽化が進み利用客も低迷していたことから、八代市はこれを解体し、熊本藩の奥座敷で藩営の湯となり、明治時代には観光施設であった「本湯」をイメージした和風の新施設を建設。開湯600年に当たる2009年7月の「丑の湯祭」に合わせ、完成(丑の湯祭りとは土用の丑の日に毎年開催され、一度入浴すると1000回入浴した効果が出ると言われる祭り)。 2009年7月21日13時より、日奈久温泉センター「ばんぺい湯」の営業を再開した。

乗合馬車
かつては国鉄日奈久駅から温泉街(日奈久温泉センター)まで乗合馬車が日奈久駅を発着していた列車の時間に合わせて運行されていた。日奈久駅開業と同時に運行を開始し、毎日駅前から国道3号を経由して温泉街を一日中トコトコとのんびり走る馬車は日奈久温泉の名物として知られ、地元住民や観光客に長く親しまれてきた。しかし温泉街は建物密集地で国道3号の道幅が狭く整備も遅れていたため、交通量の増加に伴って馬車の運行で温泉街での自動車の渋滞が慢性化し始め、交通事故やドライバーからの苦情、警察からの指導の増加など問題も多くなってきたことから1970年代後半頃から徐々に運行回数を減らしていき、営業末期は比較的交通量が少ない土休祝日やゴールデンウィーク、夏休みなど観光シーズンのみの運行となっていた。運行の存続と廃止については長年議論され、地元住民を始めとして馬車運行存続の運動も起きたが、馬の高齢化や客車車体の老朽化なども重なり、結局1984年に惜しまれつつ運行が廃止され61年の運行の歴史に幕を閉じた。現在も新湯旅館などに「国鉄鹿児島本線日奈久駅から乗合馬車で5分」の案内が掲出され当時の名残をとどめている。

この乗合馬車については肥薩おれんじ鉄道の経営移管後も温泉への観光誘致のため八代市議会や商工会議所などで運行の復活について度々話し合いが行われているが、馬を管理出来る住民や厩舎が既に無く、また住民の高齢化や過疎化で温泉関係の後継者が不足していること、温泉街が古くから温泉旅館や住宅の密集地で国道を含む道の道幅が狭いこと、また温泉街の旅館には国の登録有形文化財や県の文化財に指定されている建物も多く、乗合馬車廃止後に文化財に指定された建物もあるため道幅を広げるための建物の取り壊しが難しいことや、温泉街中心部の地下にも広大な温泉脈があるため国道3号や裏道の整備、道幅の拡張工事が簡単には出来ず、代わりのルートが作れないことなど諸問題も多いことから復活には至っていない。
 
【八代市の概要】
八代市(やつしろし)は、熊本県に存在する田園工業都市。
 
概要
江戸時代以来の干拓によって広がった平野部では農業が盛ん。畳表の原料となるいぐさの生産は日本一で、国産の約8割を占める。ただし、近年は安い中国産に押され、作付面積が最盛期の3分の1と急激に減少している。近年、食べられるお箸や、畳作り体験とい草食品の展開など、畳以外の形でい草をPRするようになった。また、国内最大の柑橘類・晩白柚(ばんぺいゆ)も特産品で日本一の生産量を誇る。最近はトマトの一大産地としても知られる。
明治時代になり八代港が近代的な港湾として整備され、1890年(明治23年)に九州第1号のセメント工場ができたのを皮切りに、以後製紙工場(九州製紙、現日本製紙)、日曹人絹パルプ(現興人)、昭和酒造(現メルシャン)と相次いで進出し、工業都市へと発展した(八代臨海工業地域)。
戦中、戦後を通して田園地帯や海岸埋立地に新しい工場が立ち並び、いぐさの生産も伸びて繁栄。当時、商店街、歓楽街や日奈久温泉の賑わいは熊本一だったという。しかし、近年は中心部の大型店の撤退や郊外の大型ショッピングセンターの進出などで中心市街地の活性化が課題になっている。
毎年11月に行われる八代神社の「妙見祭」は、長崎くんち・博多祇園山笠[1]と並ぶ九州三大祭。御輿、獅子舞、神馬、花馬、傘鉾、亀蛇(がめ)などが居並ぶ行列は1kmに及ぶ。秋には毎年数十万人の観光客が集まる「やつしろ全国花火競技大会」が行なわれる。
八代平野の南端にある日奈久温泉は、合計16の泉源が集中しており、湧出量は毎時140トン、ほとんどの旅館がかけ流しである。江戸時代に熊本藩の藩営温泉場として栄えた。のんびりとした風情で、薩摩街道筋を中心に明治・大正・昭和の町の区割りがそのまま残っている。日奈久の名産として、細川氏の御用窯だった高田焼(こうだやき)や竹細工、ちくわが知られる街でもある。
 
地理
西部は不知火海(八代海)に面した平野部で、その大半は江戸時代以降数次にわたる干拓によって広がったものである。東部から南部にかけては九州山地の深い山間部で、合併によって市域は平家落人の里として知られる五家荘まで及び宮崎県と境を接する。
山岳
河川
球磨川水系(一級水系)
球磨川(日本三大急流の1つ)
前川
南川
古麓川
二見川水系(二級水系)
二見川
下大野川
大鞘川水系(二級水系)
大鞘川
夜狩川
水無川水系(二級水系)
水無川
流藻川水系(二級水系)
流藻川
氷川水系(二級水系)
氷川
河俣川


栴壇轟の滝(日本の滝百選の1つ)
 
隣接している自治体
熊本県
宇城市
下益城郡:美里町
上益城郡:山都町
八代郡:氷川町
葦北郡:芦北町
球磨郡:水上村、五木村、山江村、球磨村
宮崎県
東臼杵郡:椎葉村
 
歴史
八代城
肥後国誌には「八代」の地名の由来は社(やしろ)で、天照皇太神の山陵が上古にこの地に在ったので「やしろ」と言われるようになったと記されており、九州王朝説では倭姫命が定めた伊勢神宮のあった伊勢の有力候補地とされる。(参照→九州王朝#伊勢神宮)
景行天皇十八年(88年?)が九州を巡幸した折、休息されたとされる芦北の小島は八代市の球磨川河口にある水島である。
6世紀には、百済に仕え二位達率と極めて高い官位を与えられた後に朝廷に招かれた日羅大師の父阿利斯登を輩出した。
推古天皇十七年(609年?)には百済の道欣恵弥ら僧11人と俗人75人が芦北の津(八代)に入港した。
古来より八代は博多、坊津と並ぶ九州の対外貿易港で、みかんが中国南部より伝来した地であるとされる。平安時代末期には日宋貿易を重視した平清盛の所領であり、鎌倉時代になると執権北条氏の所領となった。室町時代初めの1334年に建武の新政時の功績により伯耆国で海運業を営んでいた名和長年の子、名和義高が八代荘地頭職を賜り、古麓城と城下町を築いた。名和氏は、隣の球磨郡の領主・相良氏と室町時代を通じてたびたび争ったが、1504年、相良氏が名和氏を追い八代に進出。相良氏は本拠を古麓に移し、徳淵津(徳渕津)が中国との貿易港として大いに栄えた。しかし、1582年には相良氏は南の薩摩・大隅から勢力を伸ばしてきた島津氏に服属し、八代から退いた。
その後の1587年には島津氏も豊臣秀吉の天下統一の過程で行われた九州征伐で八代を追われた。当時の八代の人口は五万を数え肥後国の中で最も栄えていると記録されており、秀吉は隈本城や古麓城など肥後を佐々成政に与えたが徳渕津は豊臣家の直轄領とし番大将として寺西次郎介が入った。肥後国人一揆で佐々成政が滅亡した後、肥後国南部の領主となった小西行長は、古麓城を廃城とし新たに八代支配の拠点として1588年に 麦島城を築いた。関ヶ原の戦いの後、熊本城主・加藤清正が肥後一国の領主となり、1612年、城代として加藤正方が麦島城に入った。
1615年に一国一城令が出されたが、麦島城は一国一城令の例外として残り、肥後国は熊本城と麦島城の一国二城体制となった
1619年、麦島城は大地震によって崩壊したが、幕府の許可により松江城(八代城)が新たに築かれた。築城当時は、南北811メートル、東西1477メートルの大規模な城で、現在は本丸の石垣と堀が残っている。幕府が一国一城令の例外として築城を認めたのは、島津氏に対する備えのためといわれる。
1632年、加藤氏の改易により、細川忠利が肥後の領主となると、その父・細川忠興(三斎)が隠居所として松江城に入城。1645年に三斎が亡くなると、筆頭家老の松井興長が入城した。以後幕末まで松井家3万石の城下町として栄えた。
1688年に城主松井直之が築いた御茶屋「松浜軒(しょうひんけん)」が今に残り、国の名勝に指定されている。ハナショウブなど四季折々の花が美しい庭園を備え、園内の松井文庫の資料館には松井家の家宝が展示されている。
1821年には、江戸時代の肥後国最大の干拓事業である七百町新地(鏡町)の干拓が行われ、米2,400石、塩1,600石の増収となった。
市域の変遷(市町村制施行以後)
1940年
9月1日 市制施行(八代郡八代町・太田郷町・植柳村・松高村)
1943年
4月1日 八代郡郡築村編入
1950年
7月1日 八代郡郡築村分村
1954年
4月1日 八代郡八千把村・高田村・金剛村編入
7月1日 八代郡郡築村再編入
1955年
4月1日 八代郡宮地村・葦北郡日奈久町編入
11月1日 八代郡千丁村との境界変更
1956年
4月1日 八代郡昭和村編入
1957年
1月1日 葦北郡二見村編入
1961年
3月1日 八代郡龍峯村編入
2005年
8月1日 近隣町村である八代郡鏡町・千丁町・泉村・坂本村・東陽村と新設合併

経済
農業
2005年の農業産出額は302億円[要出典]。主な農産物は、米、いぐさ、トマト、メロン、キャベツなど。
製造業
2005年の製造品出荷額は2,103億円[要出典]。うち、パルプ・紙が531億円で最も多い。
主な事業所
日本製紙八代工場
メルシャン八代工場
YKK AP九州事業所
興人フィルム&ケミカルズ八代工場
ヤマハ熊本プロダクツ
神田工業八代工場
櫻井精技
つちや
サンテック八代工場
熊本くみあい飼料
西田精麦
パシフィックグレーンセンター八代支店
八代飼料
九州昭和産業八代工場

商業
2002年の年間商品販売額は2,762億円[要出典]。
主な商業集積
本町商店街
通町商店街
イオン八代ショッピングセンター
ゆめタウン八代

特産品、伝統工芸品
特産品
いぐさ製品
晩白柚(ばんぺいゆ)
日奈久ちくわ、蒲鉾
塩トマト(塩分の多い干拓地の土壌ではトマトが水分を十分に吸い上げられず、その分小ぶりで旨みが濃縮され糖度が高くなる。フルーツトマトの元祖。)
はちべえトマト(八代の冬トマトの愛称。産地が一体となって黄色灯を活用した害虫防除を導入し、減農薬栽培に努めている。八代地方で生産されるトマトの約80%は温暖な気候を活かして冬に栽培され、冬春トマトの出荷量は国内一[要出典]。)
鮎製品(八代駅で販売されている駅弁「鮎屋三代」は、球磨川で獲れた天然の鮎を使った出汁で炊いた御飯に、鮎の甘露煮が乗っている。JR九州の「人気駅弁ランキング」で3年連続1位に輝く

辛子蓮根
このしろ寿司
しゃく味噌
かずらどうふ
しょうが、しょうが加工品
えのきたけ
やまめ、やまめ加工品
豆腐の味噌漬け
しいたけ
柚、柚加工品
泉町の茶
みょうが饅頭
伝統工芸品
高田焼(八代焼)
竹細工
手打刃物
刀剣
肥後つば(鍔)
宮地手漉き和紙
鮫(エイ)皮漆塗細工
鯉のぼり・武者絵のぼり
財政
当初予算規模(2009年度)
502億1440万円(一般会計)
371億4046万円(特別会計)
17億3854万円(公営企業会計)
行政機構
東陽支所
泉支所
(本庁)
市長 中村博生
副市長 永原辰秋
企画戦略部
秘書課
広報広聴課
企画政策課
行政改革課
情報政策課
総務部
人財育成課
文書統計課
財政課
契約検査課
市民税課
資産税課
納税課
市民課
市民協働部
市民活動支援課
防災安全課
人権政策課
文化まちづくり課
いきいきスポーツ課
支所
環境部
環境課
ごみ対策課
環境センター建設課
健康福祉部
健康福祉政策課
障がい者支援課
長寿支援課
こども未来課
生活援護課
国保ねんきん課
はつらつ健康課
商工観光部
商工振興課
観光振興課
重点港湾八代港営業隊
八代プランド営業総室
農林水産部
農業生産流通課
農業政策課
農地整備課
水産林務課
地籍調査課
坂本農林水産事務所
千丁農林水産事務所
鏡農林水産事務所
東陽農林水産事務所
泉農林水産事務所
建設部
都市政策課
土木管理課
土木建設課
建築住宅課
建築指導課
街路公園課
区画整理課
下水道総務課
下水道建設課
用地課
坂本建設事務所
千丁建設事務所
鏡建設事務所
東陽建設事務所
泉建設事務所
市立病院
会計管理者
会計課
水道局
教育委員会
教育長 広崎史子
教育部
教育総務課
学校教育課
教育施設課
生涯学習課
教育サポートセンター
図書館
博物館
公民館
小学校
中学校
特別支援学校
幼稚園
学校給食センター
議会
議会事務局
選挙管理委員会
選挙管理委員会事務局
監査委員 江﨑眞通(常勤)
監査委員事務局
農業委員会
農業委員会事務局
公平委員会
固定資産評価審査委員会
(支所)
坂本支所(旧坂本村役場)
〒869-6105 熊本県八代市坂本町坂本4228-12
千丁支所(旧千丁町役場)
〒869-4703 熊本県八代市千丁町新牟田1502-1
鏡支所(旧鏡町役場)
〒869-4292 熊本県八代市鏡町内田453-1
東陽支所(旧東陽村役場)
〒869-4301 熊本県八代市東陽町南1105-1
泉支所(旧泉村役場)
〒869-4401 熊本県八代市泉町柿迫3131
坂本・千丁・東陽・泉支所
総務振興課
市民福祉課
鏡支所
総務振興課
市民環境課
健康福祉課
国の行政機関
財務省熊本国税局八代税務署
財務省長崎税関八代税関支署
法務省熊本地方法務局八代支局
法務省熊本刑務所八代拘置支所
法務省熊本保護観察所八代駐在官事務所
厚生労働省熊本労働局八代労働基準監督署
厚生労働省熊本労働局八代公共職業安定所
農林水産省九州農政局八代統計・情報センター
農林水産省九州森林管理局熊本南部森林管理署八代森林事務所
農林水産省門司植物防疫所八代出張所
国土交通省九州地方整備局八代河川国道事務所
国土交通省九州地方整備局八代港事務所
防衛省自衛隊熊本地方協力本部八代出張所
県の行政機関
熊本県八代地域振興局
八代福祉事務所
八代保健所
八代児童相談所
八代教育事務所
八代港管理事務所
地域
教育
小学校
太字の小学校は標準服がある。
市立小学校
植柳小学校
太田郷小学校
郡築小学校
高田小学校
昭和小学校
代陽小学校
日奈久小学校
二見小学校
宮地小学校
宮地東小学校
麦島小学校
八代小学校
龍峯小学校
金剛小学校
弥次分校
松高小学校
八千把小学校
千丁小学校
有佐小学校
鏡小学校
鏡西部小学校
文政小学校
八竜小学校
東陽小学校
泉小学校
泉第八小学校

中学校
市立中学校
第一中学校
第二中学校
第三中学校
第四中学校
第五中学校
第六中学校
第七中学校
第八中学校
日奈久中学校
二見中学校
千丁中学校
鏡中学校
坂本中学校
東陽中学校
泉中学校

県立中学校
熊本県立八代中学校
高等学校
熊本県立
八代高等学校
八代東高等学校
八代工業高等学校
八代農業高等学校
泉分校
八代清流高等学校
私立
秀岳館高等学校
八代白百合学園高等学校
高等専門学校
国立
熊本高等専門学校 八代キャンパス(八代工業高等専門学校のキャンパスを継承して2009年10月に開校)
短期大学
私立
中九州短期大学
専修学校
八代実業専門学校
IEC九州国際カレッジ専門学校
八代市医師会立 八代看護学校
独立行政法人労働者健康安全機構 熊本労災看護専門学校
特別支援学校
八代市立八代支援学校
職業訓練
職業能力開発校
八代高等職業訓練校(職業訓練法人八代職業訓練運営会による認定職業訓練)
社会教育
文化施設
八代ハーモニーホール
八代市厚生会館
八代市二見自然の森
八代市東陽石匠館
八代市千丁文化センター
八代市鏡文化センター
八竜山自然公園
五家荘自然塾
図書館
八代市立図書館
移動図書館ともだち号
せんちょう図書館
かがみ図書館
博物館
八代市立博物館・未来の森ミュージアム
天文台
さかもと八竜天文台
公民館
高田公民館
南部市民センター
金剛公民館
郡築公民館
宮地公民館
宮地東公民館
八千把公民館
松高公民館
植柳公民館
二見公民館
八代公民館
太田郷公民館
日奈久公民館
昭和公民館
竜峯公民館
麦島公民館
代陽公民館
坂本公民館
千丁公民館
鏡公民館
東陽公民館
体育施設
八代市総合体育館
八代市民プール
八代市弓道場
八代市民球場
八代市民グラウンド
熊本県八代市球技場
八代市スポーツ・コミュニティ広場
八代市立武道館
八代城址公園相撲場
八代市百済来スポーツセンター
八代市千丁体育館
八代市千丁テニスコート
八代市千丁東グラウンド
八代市千丁西グラウンド
八代市鏡体育館
八代市鏡プール
八代市鏡武道館
八代市鏡テニスコート
八代市鏡相撲場
八代市鏡総合グラウンド
八代市東陽スポーツセンター
八代市東陽運動公園
八代市泉運動広場
都市宣言
男女共同参画都市宣言
八代市人権尊重都市宣言
非核平和都市宣言
世界連邦都市宣言
交通安全都市宣言
 
 
■My best shot!■
金沢・兼六園
 
兼六園
兼六園(けんろくえん)は、石川県金沢市に存在する日本庭園である。国の特別名勝に指定されている。広さは約11.7ヘクタール。
17世紀中期、加賀藩によって金沢城の外郭に造営された藩庭を起源とする江戸時代を代表する池泉回遊式庭園であり、岡山市の後楽園と水戸市の偕楽園と並んで日本三名園の1つに数えられる。2009年3月16日発売の『ミシュラン観光ガイド』では、最高評価の3つ星に選ばれた。園名は、松平定信が『洛陽名園記』を引用し、宏大・幽邃・人力・蒼古・水泉・眺望の6つの景観を兼ね備えていることから命名した。四季それぞれに趣が深く、季節ごとにさまざまな表情を見せるが、特に雪に備えて行われる雪吊は冬の風物詩となっている。県内でも随一の桜・梅・紅葉の名所でもあり、日本さくら名所100選にも選ばれている。

T-style

〒 811-5501

長崎県壱岐市勝本浦勝本浦356

TEL:090-1343-7993

   
ICI株式会社
 
株式会社イーハイブ
 
株式会社カムラック