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偶然、面白い記事みつけました

電脳屋玄海屋さん、結構、検索かかるんですよね。
何をしてらっしゃるのかわからないが言語から制作してらっしゃると思われます。
ただ、勝本弁について「??」と思われるところは赤入れさせて頂きましたw
 
漁師の町、壱岐勝本浦の勝本弁

どっかい来たっで?タビかいで?
 
勝本弁って?
壱岐は人口30000人の小さな島。長崎方言、唐津方言、博多方言の混じった玄界灘的九州弁みたいなものですが、高校生になって初めて、俺達勝本の言葉がちょっと違うと気づきました。それに、同じ勝本町でも勝本浦の漁師町の言葉と在部(農家)の言葉がまたちがいます。勝本弁じゃなく正確には勝本浦弁が特殊なんです(大正解!!)。30000人中約3000人の特殊な言葉は京都系だそうです。
 
勝本言葉は京都系
江戸から明治ごろ、勝本は鯨漁で大繁栄していました。その頭領は当然藩主などと親交が深く京や上方などへお供していたようです。そこで派手に遊んで気に入った女性を片っ端から勝本へ引っ張って来た。ちょっと年齢がいくと漁師と一緒にならせ、代わりに新しい京女を連れてくる。それで漁師の嫁さんに京都の女性が増えて、京都訛りの壱岐弁=勝本浦弁になったようです。
ちなみに「ながとり組」の永取家はもともと原田という名字でしたが仲良しの平戸の殿様が「末永く鯨を取りなさい」ってことで永取の名を与えたってことです。
今でも年輩の漁師が使う丁寧な言葉は女言葉みたいです。爺さんでも自分の事を「あたい」←(これは我々年代でも使う人は使います)と言います。
それに壱岐の中でもべっぴんさんの多いのが勝本浦。
 
鯨組みが京都から連れてきたよかおなごの子孫やし、その後も一本釣りで景気のいい町だから、湯ノ本や芦辺や郷ノ浦、博多や呼子から きれいか娘を選んで嫁さんにもらう事が多かったのでしょう。遺伝的にべっぴんのDNA保有確率が高いのでしょうね。
でも、せっかくきれいかおなごが多いのに、近年は島に仕事が少く、卒業するとみんな島外に出てしまう。
適齢期に一支国にいないとみんな島の外の男と島の外で結婚して壱岐に棲むってことにはならんもんねえ。
きれいな娘は特にタビに出さないで勝本にとどめておかなくっちゃ。
高校2年の春にべっぴん判定会議ひらいち(進路決定?)A級べっぴんは島を出たらいかん事にしよう。
ああたは勝本かいでたらでけん。
ああたはロシアでんアフリカでん、どこでんかんまんけん好きなとけ行っちよか、ち。
大至急べっぴん出国禁止令制定して、勝本べっぴんのDNAを()保護しなくてはいけんぞ。
 
こいかい勝本弁でばい--------------------
こうしち京都あたりんおなごしのようけえ勝本に住むごとなっち、勝本浦は京都訛の壱州弁(壱州弁というのは対外的な公称だと思われます。ここは勝本浦は京都訛りの勝本弁が正しい)になったっち。50代以上んおんちゃんやおばしゃんたち
が普通に話しよんない言葉ば聞いちみ。女言葉もそうばって漁師の男言葉もどっかおなご言葉んような柔らかさんあいとでばい、オカマじゃなかとばってなあ。
 
ついでばって、壱岐ん中でも勝本浦は美人の多か町ちゅう評判のあいと。実際、同級生にも美人が多かったとでばい、ほんなこて。今ん勝本診療所と大久保屋敷に鯨組みんふとか屋敷のあっち、タビかい連れちきたねえちゃんたちば住まわせよったちゅうこっでばい。ブスはわざわざ連れちゃこんめえけん、きれいかねえちゃんたちのいっぺえおんなったっちゃろなあ。
ちっと年とったらまた京都に戻すちゅうこたなかろう、新しかわっかおなごしば連れちきたり、ねえちゃんがちょびっと年配になったら組の漁師にヨメさんにやったりしたけん 勝本浦にゃ京都なまりの勝本弁とべっぴんDNAの浸透したとちあたいは思いよい()とでたい。
 
言うちゃすまんばって、中学校でカスイ小と一緒にないばって勝小んほうがきれいかおなごん多かったでばい。ああたもそう思わんで?
特に西部がたな。思い返しちみれば、黒瀬がたかい馬場先まい各部落にひとりは好いちょったかわいかとんの(のは不要)おったもん。
いんにゃ待っちみ、田間・川尻・中折はおらんやったろうか・・
高校になっち壱岐中(じゅう)の()中学校んもんがいっしょになったばって、やっぱ勝本んオナゴんかわいさが抜けちょったでばい。武生水ん女子に期待しちょったとばって、そうでんなっかた。やっぱ勝本やった。おいと同級んオナゴが特に粒そろいやったちゅう話しもあったばって、こん年なっち中学ん同窓会で会うてん、やっぱそれなりきれいかもんなあ。同級生の男かいよう言われようった、勝本ん女子はきれいかねえ・・ち。
壱岐人3万人の中で勝本浦3000人の特殊な言葉、勝本べっぴんのDNA流出防止といっしょに、大事せなでけんねえ。
 
勝本弁丁寧語編
「~しよんない、~しちょんない、~しちょんなった・~しなった」(~なさっている、~なさっていた、~なさった)
勝本弁(勝本浦部)は特別かとち書いたばって、名詞が変わっちょいとじゃのうしちより、語尾の変化に独特の言い回しんある(あい)とが特徴でたい。その一番際だったとが「~しよんない」。
~する、の丁寧な言い方でたい。通常の壱州弁では ~しよらす、~しよらした で、九州弁一般と大差なか(九州弁というのがあるのだろうか?大差ないことはない)とばってが、~しよんない、~しちょんない で勝本浦ん人間ばいちじきわかいと。
来よらす(この方言は島外の方が使うとは思われない。勝本浦=勝本小学校地区以外が使う言葉で博多、熊本、鹿児島では使わないと思われる)=来よんない(現在形・現在進行形)、来ちょんない(現在完了・過去形)、来なった(過去・過去完了)
食べよらす(この方言は島外の方が使うとは思われない。勝本浦=勝本小学校地区以外が使う言葉で博多、熊本、鹿児島では使わないと思われる)=食べよんない(現在形・現在進行形)、食べちょんない(現在完了・過去形)、食べなった(過去・過去完了)。会話では通常最後に「と」がつく事ん多かとも特徴んごたいと。
 
勝本弁、意味ん通じよいで?
 
海岸通のおんちゃんたち
勝本ん海岸通りば夕方歩きよったん(こったん)、おんちゃんの何人かずつ波止に腰かけちおんないと。
こんにちは、ち挨拶したん、「どっかいきたっで?タビかいで?」ち聞きないと。聞きない確率98%でばい。
顔ば知っちょったん「帰っちきたとでえ、いつきたと?」ち聞きないと。
見慣れん顔やったんすれ違うあいだ、じ~~っとながめないもん、勝本ば知らんもんやったんなんか因縁つけられるっちゃなかろうかち不安にないとでばい。おいたちゃ生まれ育った町やけん子供ん頃かい見慣れたおんちゃんやオバシャンばっかいばって、あんまいじ~~っと見らんほうがよかち思うとたいねえ。(街歩き観光を推奨しない理由の筆頭w
 
 
こいかい先書こったんページの何枚あったち足らんけん、暇やったん下んリンクかいほかんとも見っくれ
勝本ん漁師や百姓ん生活、朝市や黒瀬商店街ばようすいためにも 壱岐ばメジャーにしち観光客ん人に来ちもらわなでけん。

ああたがネットしよいなら勝本、ついでに壱岐ばPRすいホームページやブログば作りなあれ。
勝本関係んページんどっさいネットにあったん、「勝本」「壱岐」に興味持つ人も多ないでばい。
リンクも張っちくれなあれ。
よろしゅうお願いすいけんな。
 
※この前もどなたかに説明した。18の小学校がこの島にはある。
その中の勝本小学校出身者が「勝本弁」を喋る。二段目の赤く塗った湾岸が勝本浦で「勝本弁」を喋る。他地区の方が勝本弁を喋るとドラマで東京の人が関西弁を喋る違和感と同じだと思います。
赤い部分だけが「勝本弁」を喋るのですが、皆、壱岐の標準語だと信じて疑わない。28年間、壱岐を離れていた私でさえそう思ってます(笑)
 
他地区の方が喋る言葉で声を殺して笑っている勝本浦の人間たちがいます。
「~ばな(バイ)。」、「~たな(たい)。」、「すっと(する)」、「ずる(出る)」、まだまだ多数あるが、近年大笑いしたのは「ごっとり」、これには友達と涙を出ししばらく声も出せず笑ってた。
勝本浦では「ごっきぃ」となります。
勝本女子についてはどの時代もみたいですね。僕らの時代もそうです。というより高校で他中学校卒業の男女が言うのですから間違いないと思います。
「ごっとり」については、日本国中、世界中、笑いにツボがあるように勝本浦の人間にはハマるのです。超・超・超ローカルルールですが。
 
 
 
 
■My best shot!■
金沢・兼六園
 
兼六園
兼六園(けんろくえん)は、石川県金沢市に存在する日本庭園である。国の特別名勝に指定されている。広さは約11.7ヘクタール。
17世紀中期、加賀藩によって金沢城の外郭に造営された藩庭を起源とする江戸時代を代表する池泉回遊式庭園であり、岡山市の後楽園と水戸市の偕楽園と並んで日本三名園の1つに数えられる。2009年3月16日発売の『ミシュラン観光ガイド』では、最高評価の3つ星に選ばれた。園名は、松平定信が『洛陽名園記』を引用し、宏大・幽邃・人力・蒼古・水泉・眺望の6つの景観を兼ね備えていることから命名した。四季それぞれに趣が深く、季節ごとにさまざまな表情を見せるが、特に雪に備えて行われる雪吊は冬の風物詩となっている。県内でも随一の桜・梅・紅葉の名所でもあり、日本さくら名所100選にも選ばれている。

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