本宗は、「根本大悲の親(こんぽんだいひのおや)」(本宗では、「身語正教主(しんごしょうきょうしゅ)」ともお呼びします)というお名前のみ仏(みほとけ)が、「世界の平和と万民の幸せ」を願って直々に持ち出された信心です。
このみ仏は、私たちの目に見える姿をとって、この世に出てこられる時、
「中山不動と世に出(い)ずるぞ」
と宣言されたので、私たちは本宗のご本尊を「中山不動尊(なかやまふどうそん)」としておまつりしています。
中山身語正宗の教えを持ち出されたみ仏は、自らのお名前を「根本大悲の親(こんぽんだいひのおや)」と名のられました。
仏教において、“大悲”という言葉には「一切の生きとし生けるもの(衆生)の苦を除く」という意味があります。そして、お名前の中の“親”とは、私たち一切衆生をわが子と見なし、親のごとく振る舞うことを意味します。
つまり、私たちの悩み苦しみを取り除くという“大悲”という働きを根本とし、また、子どもをいつくしむ親のように振るまい、いかなることがあろうとも真実の幸せへと導いてくださるみ仏ということです。
ところが、この「根本大悲の親」というみ仏は、法(ダルマ:真理)を身体とされるみ仏で、本来特定のお姿をもたれません。そこで、「中山」と呼ばれた土地(現在の佐賀県三養基郡基山町の大本山「瀧光徳寺(りゅうこうとくじ)」一帯)に、悩み苦しむ私たちを救い導くために「中山不動」のお姿として、この世にお出ましになられたのです。
それゆえ、このみ仏を「中山不動尊」とおよびします。
このように身語正教主(しんごしょうきょうしゅ)「根本大悲の親」は、私たちが正しい教えの実践者となれるように、“現世利益(げんぜりやく)”を持って本願となし、「中山不動尊」としてこの世に出られたのです。
そこで、私たち一人ひとりを親身になって導いてくださるご本尊として、この「中山不動尊」を大切におまつりさせていただくのです。
”み仏”から持ち出された信心
中山身語正宗は、大正元年にあたる1912年2月18日に「根本大悲の親」と名のられるみ仏が宗祖上人に直々に託された「おことば」によってこの世に持ち出されました。その時のようすが『宗祖上人伝』(本宗発行)に次のようにしるされています。
大正元年2月18日のことである。日々の行願に心身をすり減らした松太郎(宗祖の俗名)は寝床についたものの何かが起こることを予感して容易に寝つかれなかった。真夜中、松太郎は胸元を激しく揺り動かされた。
目を覚ますと枕元にみ仏が立たれていた。
松太郎は、すぐ居ずまいを正して、正座すると、
「この度、根本大悲の親は頼む一念身語正と開くぞ。
日本の国のすみずみから、世界の国のはしばしに至るまで、
ひらいて助けてゆくぞ」
この仏告に驚いた松太郎は、
「私には学もなく、知もなく、財もありません。そんな私にどうしてできましょうか」と答えた。
「そうではないのだ。釈迦に生れ遅れること三千年、弘法大師に遅れること一千年。法然、親鸞に遅れること七百年。
今の世は、非常に疑い深く、こう言えばああいい、ああ言えばこういうのだ。いかに教理経文を朝から晩、晩から朝に説(と)き尽くしても、朝には信じ夕べにはもう疑うのだ。この末世の衆生(しゅじょう)を真に救わんためには、この衆生のせっぱ詰(つ)まった土壇場の願いをば、直ちに聞き届け、仏智不思議の大功徳を目の前に授けて驚かさなければ、信ずる心にならんのだ。
故に、我、現世利益(げんぜりやく)(※注1)をもって本願となし、中山不動と世に出ずるぞ」「身語正とは『身に正(まさ)しく如来の語(ことば)を授かる』との謂(い)なり。
身語正の『シン』とは『からだ(身)』という字を書け。『ゴ』とは『ことば(語)』という字を書け。『ショウ』とは『ただしい(正)』という字を書け」
いつにもまして厳しい口調のみ仏であった。松太郎は、言葉を返すことができなかった。
ご本尊・中山不動尊
中山身語正宗の教えを持ち出されたみ仏は、自らのお名前を「根本大悲の親(こんぽんだいひのおや)」と名のられました。
仏教において、“大悲”という言葉には「一切の生きとし生けるもの(衆生)の苦を除く」という意味があります。そして、お名前の中の“親”とは、私たち一切衆生をわが子と見なし、親のごとく振る舞うことを意味します。
つまり、私たちの悩み苦しみを取り除くという“大悲”という働きを根本とし、また、子どもをいつくしむ親のように振るまい、いかなることがあろうとも真実の幸せへと導いてくださるみ仏ということです。
ところが、この「根本大悲の親」というみ仏は、法(ダルマ:真理)を身体とされるみ仏で、本来特定のお姿をもたれません。そこで、「中山」と呼ばれた土地(現在の佐賀県三養基郡基山町の大本山「瀧光徳寺(りゅうこうとくじ)」一帯)に、悩み苦しむ私たちを救い導くために「中山不動」のお姿として、この世にお出ましになられたのです。
それゆえ、このみ仏を「中山不動尊」とおよびします。
このように身語正教主(しんごしょうきょうしゅ)「根本大悲の親」は、私たちが正しい教えの実践者となれるように、“現世利益(げんぜりやく)”(※注1)を持って本願となし、「中山不動尊」としてこの世に出られたのです。
そこで、私たち一人ひとりを親身になって導いてくださるご本尊として、この「中山不動尊」を大切におまつりさせていただくのです。
(※注1) “現世”とは死んだ後の世でなく、今生きているこの世のこと、また“利益(りやく)”とは、単に願いがかなうことだけでなく、最大の利益は人格形成を通して授かる幸せを指しています。
【佐賀県三養基郡基山町の概要】
基山町
基山町(きやまちょう)は、佐賀県の東部、三養基郡に属する町である。周辺の鳥栖市や福岡県小郡市、久留米市とともに、一大経済圏を形成している。
地理
佐賀県の東端部に位置し、南側で鳥栖市に接しているほかは福岡県に接する。福岡市へは人口の10%以上が通勤・通学するなど福岡都市圏の一部でもあり、福岡市、久留米市のベッドタウンとなっている。隣接する佐賀県鳥栖市とともに、九州の陸上交通の要衝の地である。なお、隣の鳥栖市と同様に福岡県のNHKや民放テレビ、ラジオ局を全て視聴する事が可能である。
地形
山岳:契山(408m)・基山(405m)
河川:秋光川
気候
隣接している自治体
佐賀県
鳥栖市
福岡県
筑紫野市
小郡市
地名
けやき台一丁目?四丁目 けやきだい Keyakidai
小倉 こくら Kokura
園部 そのべ Sonobe
長野 ながの Nagano
宮浦 みやうら Miyaura
人口
上記のように福岡市などのベッドタウンとして新興住宅地の開発が続き、2000年までは人口が増加を続けていたが、2000年代に入ってからは若年層の流出が顕著となり、人口は減少に転じている。2000年から2010年にかけての人口減少率は7.0%だが、福岡都市圏のうち、2010年国勢調査の「常住地による従業・通学市区町村別15歳以上就業者及び15歳以上通学者数に基づいた10%通勤・通学圏(10市10町)の中では、基山町以外に減少しているのは福津市(0.6%)のみである。特に14歳以下の年少人口は減少率32.3%と急減しており、圏内で最も高い減少率となっている。また、2014年の日本創成会議による推計では、人口移動が収束しない場合の2010年から2040年にかけての若年女性人口変化率が-62.1%と推計され、「消滅可能性都市」の指摘も受けた。これを受け、町では定住促進室を設けるなど、対策を進めている そのかいあってか2017年若干人口増加に至った。
歴史
近現代
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、小倉村、園部村、長野村、宮浦村が基肄郡基山村が発足
1896年(明治29年)3月26日 - 郡制施行により三養基郡に属する
1939年(昭和14年)1月1日 - 基山村は町制施行し基山町となる
1959年(昭和34年) - 大字長野の一部を鳥栖市に編入。現在の町域が定まる
行政
町長・議会
町長:松田 一也(2016年2月20日から、1期目)
議会定数:13名
イメージキャラクター
きやまん
2011年(平成23年)3月7日から基山町のイメージキャラクター。
県政
三養基郡選挙区から選出される佐賀県議会議員の定数は2議席である。
国政
衆議院 - 基山町は、佐賀県第1区。比例区では九州ブロックに属する。詳細は、それぞれの選挙区を参照のこと。
参議院 - 基山町は、佐賀県選挙区(全県区、定数2議席)に属する。
警察
鳥栖警察署
交番
基山交番
消防
鳥栖・三養基地区消防事務組合
基山分署
基山町消防団 基山町女性消防団
産業
九州の大動脈たる九州自動車道や国道3号に近い地の利を活かし、工場誘致が行われている。
基山町に本社を置く企業
サンポー食品本社工場
田中鉄工本社工場
基峰鶴本社工場
基山町に工場・事業所を置く主要企業
コカ・コーラボトラーズジャパン基山工場
伊藤ハム九州工場
東洋水産佐賀冷凍工場
東洋製罐基山工場
日本タングステン基山工場
株式会社壱番屋佐賀営業所・工場
トーモク九州工場
大昭和紙工鳥栖工場
ウエルビーサイクル工業九州事業本部
市外局番
市外局番は全域が0942である。
久留米MA(91 - 92)
金融機関
佐賀銀行基山支店
佐賀共栄銀行基山支店
福岡銀行基山支店
JAさが(JAバンク)2支所 - 基山支所、基山町役場内出張所
郵便
郵便局
基山郵便局
高島団地簡易郵便局
健康・福祉
統計はすべて2010年10月1日の国勢調査のもの。
平均年齢:45.34歳
年少人口(0 - 14)割合:13.24%
生産年齢人口(15 - 64)割合:64.39%
老年人口(65 - )割合:22.37%
教育
高等学校
東明館高等学校
中学校
町立
基山中学校
私立
東明館中学校
小学校
町立
基山小学校
若基小学校
幼稚園
私立
基山幼稚園
見真幼稚園
保育園
町立
基山保育園
私立
たんぽぽ保育園
交通
最寄り空港は福岡空港。
鉄道
中心駅は基山駅。
九州旅客鉄道(JR九州)
■鹿児島本線
けやき台駅 - 基山駅
甘木鉄道
■甘木線
基山駅 - 立野駅
バス
町内の一般路線バスはすべて廃止されており、現在では運行されていない。コミュニティバス「きやまコミュニティバス」を西鉄バス佐賀と基山タクシーが運行している。
町内の基山パーキングエリアに併設されたバスストップに九州各地への高速バスが発着する。
道路
高速道路
九州自動車道
基山パーキングエリア
※町内にインターチェンジはない。最寄りインターチェンジは、鳥栖インターチェンジ或いは筑紫野インターチェンジになる。
一般国道
国道3号
主要地方道
県道17号(鳥栖筑紫野道路)
正応寺インターチェンジ - 園部インターチェンジ - 宮浦インターチェンジ - 城戸インターチェンジ
一般県道
佐賀県道131号小郡基山線
福岡県道・佐賀県道132号本郷基山停車場線
佐賀県道・福岡県道137号基山平等寺筑紫野線
佐賀県道219号基山停車場線
佐賀県道300号基山公園線
文化施設
基山町民会館
保健センター
スポーツ施設
基山町総合体育館
基山町総合公園多目的運動場
基山町営球場
基山町営テニスコート
特産品
柿
アスパラガス
梨
基山茶
やぶれまんじゅう
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
名所・史跡・観光スポット
基肄城跡 - 国の特別史跡
荒穂神社 - 延喜式内社
大興善寺 - 別名「つつじ寺」。4月下旬から5月上旬にかけて約5万本のつつじが咲く(大興善寺(つつじ寺)Web)
本福寺 - 光明念佛身語聖宗総本山 (本福寺)
瀧光徳寺 - 中山身語正宗大本山
基山町立歴史民俗資料・図書館
祭事・催事
大興善寺つつじ祭り(4月中旬?5月上旬)
春のJR九州ウォーキング(4月下旬)
きのくに祭り(7月下旬)
御神幸祭(9月秋分の日)
園部くんち(10月17日に近い日曜日)
基山町文化祭(11月1日?3日)
大興善寺もみじ祭り(11月中旬?12月上旬)
きやまロードレース大会(12月第1日曜日)
ふ・れ・あ・いフェスタ(12月第2日曜日)
基山町出身者
木原覚恵 - 宗教家 (1870~1942)
梁井淳二 - 台湾総督府官僚、衆議院議員(1897~1988)
初代天光軒満月 - 浪曲師 (1898~1949)
大石政則 - 海軍大尉 (1922~1945)
吉浦忠治 - 衆議院議員(1926~2000)
内山正博 - 元プロ野球選手
原泰久 - 漫画家
どぶろっく - お笑い芸人
長野久義 - プロ野球選手
濱口遥大 - プロ野球選手
掛丸翔 - 漫画家