最近、富に投票率に対して「いかにSNSをどう活用するか?」などの声、報道を聞く。
Twitterで始まりFacebookに行って拡散しないことに気づきTwitterに戻って行った議員(国会議員、都道府県議会議員、区議会議員、市町村議会議員)または議員候補の方々。
新しいものへ何でも飛びつく果敢な努力なのか?節操のなさなのか。
それとともにポピュリズムが浸透してしまっていることを痛感してしまう。
今は昔、三角大福中の時代から選挙の投票率、票獲得に思考し尽力くしたと思う。足を何回運ぶとか、そういった点では田中角栄は秀逸だったんだと思う。
しかし、手法の変化は当然で時代の流れは受け入れなければとも思ってる。
先般の青森県知事選挙、新人同士の戦い。
戦術論に徹したように新知事の話が聞こえてしまった。
「SNS」、「戦術」、「イメージ」
といった語句にさらに違和感が。
官僚出身、前むつ市長という肩書を引っ提げての勝利(宮下宗一郎氏)。
もう「webマーケティング」の世界でどんな方法が訴求効果が高いかなどに。
一つ僕の違和感を紐解くとすれば「人」なのかなと。
さらに金子恵美・宮崎謙介夫妻の話などを聞いていると選挙費用など諸々、政治家は政治を行う人間じゃないのか。
金のかからないように小選挙区を導入したんじゃなかったのか。
こういった国会議員の行動を聞きかじり、それでも政治の「せ」の字も学んだ。
いや、学ぼうともしなかった議員が多すぎないか?
これこそ僕の短所でお人よし(優しさとは違う)の極みで信用しては裏切られ、必ず這い上がると自分自身に負荷をかけ非効率な道を進む。
まさに令和という時代に現代的なトレーニングではなく、兎跳びをするような愚行を。
やはり、どう考えてもこの国は衰退への道を進んでいるということを自分自身の中で否定できない。
太宰治の「人間失格」が好きだった。
そして一度目の離婚で「バイブル」と化した。
こんな人間がいるんだ。
自分も生きていていいんだと。
しかしながら人間より愚かな動物がいるのか?と問えばもう下はいない。
堂々巡りをすると「江戸時代最高論」が頭に浮かぶ。
260年もの間戦わず制度もしっかりした、人類が知る歴史上の期間はない。
しかし、タイムマシンがあるわけでもなくchatgptがいかに優れていても過去へは戻れない。
行きつくところ、やはり、「教育」になる。
『国家の根幹は「教育」だ』と言い続けて久しい。
ただ、これからの政権に期待するのは無駄であり、そうなると「革命」、「クーデター」、「国内テロ」になる。
しかし、誰がそんなことをおこなうか?危機感のない多くの日本人、そして僕のような器では不可能なのは火を見るよりも明らかである。
「地方創生」という政策があり、それをこの10年弱携わってきたが(数え始めたから153なので300弱は自治体を訪れていると思われる)、そこで見て一番感じたものは全国津々浦々、利権と既得権益が浸透しているという事実。
これでは地方(東京以外は地方)が生き返るわけはなく。
そこで成田悠輔氏が発したことで最終点は地方創生の逆で地方を衰退を待つか10,000人を切る自治体へ1,000人くらいで移住し、自治体の選挙で自治体を乗っ取る。このモデルを全国で転がして行けば自然なる活性化が成り立ち、全ての自治体が地方自治権を主張すればきれいな形のまとまりができ、その大きな自治体の集合を自治区とし国は小さな政府で外交と防衛だけで他の権利は地方自治区に禅譲。
というのはやはり妄想か。
ソクラテスのいう「民主主義は衆愚政治」というのが正しいのかもしれない。
この構想の前に立ちはだかるのは僕らが選んだ煩悩塗れで権力にとらわれたことにさえ気付かない政治家と官僚。
また堂々巡り。
しかし、僕には死ぬまでにやることが三つあるから・・・。
【[旅気分]]海界の村を歩く 日本海 壱岐島(長崎県)・勝本浦 】
この動画は壱岐市勝本町の勝本浦地区(故郷・漁師町)だけの動画です。
勝本浦表通りに特化した動画です。
正直、私自身驚きました。私の実家も写ってます。
【辰の島遊覧&渡船】
「日本の海水浴場百選」の辰ノ島。壱岐随一の透明な砂浜の渚、奇岩・断崖絶壁を海から見上げる島巡り遊覧が一押し。
令和3年8月、勝本漁協観光案内所「ヒヨリミテラス」リニューアルオープン。
イカバーガーをはじめ、勝本町漁業協同組合漁師自慢のイカ料理を提供しています。遊覧船利用の前後に、ぜひお立ち寄りください。