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佐賀県(武雄市)・陽光美術館・慧洲園

佐賀県(武雄市)・陽光美術館・慧洲園

20180101

いいね、水の音って。

武雄にこういうところがあるとは全く知らなかった。

みんな知ってんのかな😅

御船山は知ってるけど。

美術館600円+庭園400円=1,000円

これくらい取らないと駄目だよね。

自信持って金額設定しないと。

そしてきちんとインバウンド対応する。

うちの博物館も安い。

200円でイルカ触れるとこないと思うよ。

しかし、冷たいけど気持ちいいよね(笑)


陽光美術館
日本庭園の中、浮殿のように池中に浮かぶ美術館。
日中文化交流の懸け橋になることを願い、日本磁器発祥の地である佐賀において、そのル
ーツである中国陶磁器を展示しています。
ゆったりとした時間が流れる、文化・芸術のひとときをお楽しみください。

沿革
平成8年9月
佐賀県武雄市に財団法人陽光美術館を設立

平成25年10月
公益財団法人へ移行

平成25年11月
静岡県伊東市に中国当代髄一の水墨画家「崔如琢」氏の作品を展示する「崔如琢美術館」
を開館

平成26年10月
佐賀県教育委員会より登録博物館として認可を受ける



日本庭園 慧洲園
慧洲園は「昭和の小堀遠州」と称された中根金作※1によって作庭された池泉回遊式日本
庭園※2です。
中世を思わせるダイナミックな石組みから流れる瀑布と茶畑が印象的に配され、武雄を象
徴する美しい借景※3に見事に調和しています。
この調和こそ中根金作が作庭において最もこだわりを持ったところで、慧洲園の見どころ
の一つと言えるでしょう。四季折々の風情を感じながら散策をお楽しみ頂けます。

中根金作氏の主な作庭
足立美術館(島根県)昭和47年
慧洲園(佐賀県)昭和54年-55年
大濠公園日本庭園(福岡県)昭和59年
カーター元大統領記念館(アメリカ)昭和61年
ボストン美術館日本庭園(アメリカ)昭和63年 他

※1
中根金作(1917-1995)
大正6年8月、静岡県磐田市に生まれる。
旧東京高等学校(現東京農業大学造園学科)を卒業以来、京都の古庭園調査研究及び修復
活動を行い、国内外合わせて200余りにのぼる名園を作庭。
大阪芸術大学学長を務めた。

※2
池泉回遊式日本庭園
池とその周辺にめぐらせた園路を散策できるタイプの庭。
日本庭園の一様式。

※3
借景
庭園外の風景を背景として取り入れたもの。
造園技法の一つ。

基本情報
所在地:〒843-0022 佐賀県武雄市武雄町大字武雄4075-3
電話:0954-20-1187


【Official site】





【横山大観展】

横山大観
横山 大観(よこやま たいかん、正字体:大觀、1868年11月2日(明治元年9月18日) - 1958年(昭和33年)2月26日)は、日本の美術家、日本画家。常陸国水戸(現在の茨城県水戸市下市)出身。近代日本画壇の巨匠であり、今日「朦朧体(もうろうたい)」と呼ばれる、線描を抑えた独特の没線描法を確立した。帝国美術院会員。第1回文化勲章受章。死後、正三位勲一等旭日大綬章を追贈された。茨城県名誉県民。東京都台東区名誉区民。本名、横山 秀麿(よこやま ひでまろ)。

経歴
1868年(明治元年)、水戸藩士・酒井捨彦の長男として生まれる。府立一中、および私立の東京英語学校の学齢時代から絵画に興味を抱き、洋画家・渡辺文三郎に鉛筆画を学ぶ。1888年(明治21年)、母方の縁戚である横山家の養子となる。東京美術学校を受験することに決めると急遽、結城正明、狩野芳崖などに教えを受ける(その期間は2、3か月程度だったと言われる)。また、受験の際は受験者数300人中、 200人が鉛筆画での受験をし、しかも彼らは有名な師に何年も教わってきたと聞くや、試験の直前に鉛筆画から毛筆画への試験の変更を申請。見事に東京美術学校へと合格した。1889年(明治22年)、東京美術学校に第1期生として入学。岡倉天心、橋本雅邦らに学ぶ。同期生には菱田春草、下村観山、西郷孤月などがいる。

美術学校を卒業後、京都に移って仏画の研究を始め、同時に京都市立美術工芸学校予備科教員となった。またこの頃より雅号「大観」を使い始めるようになった。1896年(明治29年)、同職を辞すと、母校・東京美術学校の助教授に就任した。しかし2年後に当時校長だった岡倉天心への排斥運動が起こり、天心が失脚。天心を師と仰ぐ大観はこれに従って助教授職を辞し、同年の日本美術院創設に参加した。

美術院の活動の中で、大観は春草と共に西洋画の画法を取り入れた新たな画風の研究を重ね、やがて線描を大胆に抑えた没線描法の絵画を次々に発表する。しかしその先進的な画風は当時の画壇の守旧派から猛烈な批判を浴びた。現在ではその画風を的確に表す言葉とされる「朦朧体」という呼称も、当初は「勢いに欠ける、曖昧でぼんやりとした画風」という意味で、批判的に使用された言葉であった。保守的風潮の強い国内での活動が行き詰まりを見せ始めたため、大観は春草と共に海外に渡った。インドのカルカッタや、アメリカのニューヨーク、ボストンで相次いで展覧会を開き、高い評価を得た。その後ヨーロッパに渡り、ロンドン、ベルリン、パリでも展覧会を開き、ここでも高い評価を受ける。この欧米での高評価を受けて、日本国内でもその画風が評価され始めた。1907年(明治40年)には、この年より始まった文部省美術展覧会(文展)の審査員に就任。1913年(大正2年)には、守旧派に押されて活動が途絶えていた日本美術院の再興に至った。

代表作
『秩父霊峰春暁』
『無我』1897年 東京国立博物館蔵
『屈原』1898年 厳島神社蔵
『流燈』1909年 茨城県近代美術館蔵
『蕭湘八景』1912年 東京国立博物館蔵 ※重要文化財
『生々流転』1923年 東京国立近代美術館蔵 ※重要文化財
『夜桜』1929年 大倉集古館蔵
『大楠公』1938年 湊川神社蔵
『或る日の太平洋』1952年 東京国立近代美術館蔵

以後、大観は日本画壇の重鎮として確固たる地位を築き、1934年(昭和9年)に朝日文化賞受賞。1935年(昭和10年)には帝国美術院会員となった。1937年(昭和12年)には、この年制定された第1回文化勲章の受章者となった。同年、帝国芸術院会員となる。

戦後の1951年(昭和26年)に日本美術院会員を辞任、同年に文化功労者となった。大観は1958年(昭和33年)2月26日、東京都台東区にある自宅にて89歳で永眠した。大観の永年に渡る日本美術発展への貢献により正三位に叙せられ、勲一等旭日大綬章を贈られた。なお、大観の脳は現在もアルコール漬けにされた状態で、東京大学医学部に保管されている。

エピソード
大観は大変な酒好きとして知られ、人生後半の50年は飯をほとんど口にせず(たまに食べる時も一粒二粒と数えるほど)、酒と肴(少量の野菜)だけで済ませていたという。飲んでいた酒は広島の「醉心」で、これは昭和初期に醉心山根本店の社長・山根薫と知り合った大観が互いに意気投合し、「一生の飲み分を約束」した山根より無償で大観に送られていたものだった。しかし山根は年に四斗樽で何本も注文が来るので驚いたという。代金のかわりとして大観は毎年1枚ずつ自分の絵を無償で送り、結果、醉心酒造に大観の記念館ができることとなった。もっとも、最初から酒好きだったわけではない。若い頃は猪口2 - 3杯で真っ赤になってしまう下戸だった。しかし大観の師の天心は日に2升ともいわれる酒豪であり、「酒の一升くらい飲めずにどうする」と大観を叱咤したため、飲んでは吐きながら訓練した結果であった。なお1955年(昭和30年)頃までは毎日約1升もの酒を飲んでいたものの、晩年は酒量も減り、1957年(昭和32年)頃になると1日に4合飲むのがやっとだったという。最晩年の1958年(昭和33年)になると1日に5勺(1合の半分)しか酒を飲めなくなっていた。鯨飲はしていたもののアルコール中毒にはならず、大病もせずに90年近い寿命を全うした。
東京美術学校の同期生である菱田春草とは無二の親友で常に行動を共にし、『春の朝・秋の夕』『帰路、入船』などを合作している。1911年(明治44年)に春草が36歳で夭折すると大観は大いに嘆いた。菱田春草追悼展の開催を主導し、自らも『五柳先生』(東京国立博物館蔵)を出品した。晩年に至るまで、自らが日本画の巨匠と称されるたびに「あいつ(春草)が生きていたら俺なんかよりずっと巧い」と口にしていたという。
熱烈な勤王派であった父・捨彦、思想家としても著名であり国粋主義者とも称された師・天心の影響を色濃く受けた大観は、自身も国粋主義的な面を持っていた。日本の象徴である勇美な富士山を好んで題材としたほか、皇室にも絵を度々献上していた。また、支那事変・太平洋戦争(大東亜戦争)当時の日本では、銃後の個人や団体が陸海軍に対して兵器生産費用分を寄付する運動が盛んに行われていた(対象は主に戦闘機や爆撃機など軍用機が多く、これらは愛国機・報国機と称されていた)。大観も自らが売却した絵の代金を帝国陸軍に寄付し、九七式重爆撃機の「愛國445(大観)」号などを献納している。終戦後にはGHQより戦犯容疑者として取り調べを受けた事もあった。
大観のタッチは独特ながら一見、模倣しやすいと考えられ、戦前の一時期、大観を騙り地方の素封家の食客となって渡り歩く無名画家が多数現れた。この時、彼らによって描かれた作品が数多く現存している。地方名士の子孫には、真筆と信じて所蔵している者も多い。これらの模倣作ないし贋作を指して、揶揄的に「田舎大観」と呼ぶことがある。これらも含めて贋作が非常に多い画家としても知られ、鑑定の結果、真筆と判定された作品には「大観番号」という番号をつけて保護されている。
没線画法は、天心に「空気を描く工夫はないか」と問われ、春草らとともに考え出したもの。
歌手の笠置シヅ子が好きだったと言われ、「東京ブギウギ」や「買物ブギー」のレコードを愛聴していた。大観が80代の頃であった。
弟子の一人である渡邉包夫は、テレビ東京のバラエティー番組『開運!なんでも鑑定団』の鑑定士軍団の一員であった。
1908年制作と見られる『白衣観音』は、1912年刊行の『大観画集』掲載後に所在不明となっていたが、2017年10月に東京国立近代美術館が、約100年ぶりに発見したと発表した[2]。同館と京都国立近代美術館で2018年に開催の「生誕150年 横山大観展」で公開される予定である。

略歴
1868年(明治元年):誕生(異説あり)。父は、水戸藩士として「水戸学」の尊皇攘夷思想により志士として活躍。大観の皇室への忠誠はここに発するものとも言われる。初名は、酒井秀麿。
1878年(明治11年):一家で上京。
1881年(明治14年):東京府中学(現在の都立日比谷高校)に入学。優秀な成績で卒業するが、諸事情により「東大予備門試験」では入学資格を消失。致し方なく、当時は進学予備校として知られていた私立の東京英語学校(現在の日本学園高校)に入学。受験英語に勤しみ、その後の大観の海外での生活で大きな力を発揮する。
1883年(明治16年):絵画に興味をいだいた大観は、渡辺文三郎という画家に師事した。その後、狩野派の指導を得た。狩野芳崖にも影響される。当時の日本画家は貧乏で、副業により生活していた。このため父は、画家よりは東大進学を切望していた。
1888年(明治21年):東京美術学校を受験。横山家との養子縁組により、酒井秀麿から横山秀麿となった。
1889年(明治22年):東京美術学校1期生として入学。父は画家になることに大反対。卒業するまで書籍の図版を模写するアルバイトで生活費と学費を得た。
1893年(明治26年):東京美術学校卒業。その後は、京都で修養。古画の模写の仕事に励む。
1895年(明治28年):京都市立美術工芸学校(現在の京都市立芸術大学)教諭。この京都修行時代と推定されるが、雅号を「大観」とす。大観とはあらゆる大局的な観点から世界を見るという意味の法華経の経文からとったという説もある。
1896年(明治29年):東京美術学校助教授に就任する。
1897年(明治30年):滝沢文子と結婚。
1898年(明治31年):岡倉天心が東京美術学校々長を辞任、大観や橋本雅邦ら14人も続いて辞職した。その後、天心は日本美術院を設立。そして下村観山、寺崎広業、菱田春草、木村武山らがこれに従って、私財を投入して設立運営に奔走する。
1899年(明治32年):長女誕生。
1903年(明治36年):妻・文子死去。インドを訪問し、釈迦の実像を描こうとした。天心の勧めるものであったが、天心は日本画の原点をインドと考えたのではないかという説もある。
1904年(明治37年):天心の勧めでニューヨーク。へ
1905年(明治38年):ロンドンへ。長女死去のため帰国。
1906年(明治39年):遠藤直子と再婚。天心が住んでいた茨城県の五浦へ転居。五浦での活動、つまり「日本美術院絵画部」は、天心、大観、春草、観山、武山の5名。
1907年(明治40年):父死去。国が主催となって、官営の「文展」(文部省美術展覧会)が開催され、大観と観山は文展の審査員を務める。
1910年(明治43年):中国へ出発。ロバを買って帰る。第4回文展。審査員。作品『楚水の巻』。地球に接近したハレー彗星を題材に水墨画『彗星』を描く。
1912年(明治45年):第6回文展。
1913年(大正2年):妻・直子死去。第7回文展で、最後の審査員。作品『松並木』。9月に天心が逝去し、門人代表として弔辞を読んだ。
1926年(昭和元年):福井県越前市旧大滝村に滞在した折、岩野平三郎製紙所にて当時世界最大といわれた5.4m四方の岡大紙(おかふとかみ)を漉いた。
1928年(昭和3年):イタリアの最高指導者ベニート・ムッソリーニに『立葵』が献呈された。
1931年(昭和6年)6月30日:帝室技芸員
1938年(昭和13年):ドイツ総統アドルフ・ヒトラーに献呈するため作品『旭日霊峰』を完成させる。
1958年(昭和33年):死去。
1976年(昭和51年):自宅が横山大観記念館として公開。

 

【佐賀県武雄市の概要】


武雄市(たけおし)は、佐賀県の西部に位置する市。中心には開湯以来1300年経つ武雄温泉があり、この温泉には日本銀行や東京駅の設計を行った辰野金吾設計の楼門があり、国の重要文化財に指定されている。

地理
佐賀県の西部、佐賀市の西約28km、佐世保市の東約30kmの場所に位置する。地形は低山と盆地と川沿いの平地が入り組む地勢である。市域南東部の武雄盆地の西の端と、市域西側の盆地に人口が集中している。他の地域は山地である。

盆地
松浦川流域
真手野盆地(武内町)
川古盆地(若木町)
宮野盆地(山内町)
三間坂盆地(山内町)
鳥海盆地(山内町)
六角川流域
武雄盆地(武雄町、朝日町、橘町)
川登盆地(東川登町、西川登町)

地形
山岳: 八幡岳 (763.6m)・青螺山(618m)・眉山 (518m)・黒髪山(516m)・徳連岳 (443.7m)・神六山 (447m)・黒岳(368m)・犬山岳(342m)・杵島山(345m)・蓬莱山(329.9m)・竹古場山(303.1m)・赤穂山(306m)・黒尾山(300m)・虚空蔵山 (288m)・勇猛山 (258.5m)・柏岳(239m)・鳴瀬山(206m)・御船山(207m)・陣平山(177.5m)・潮見山(152m)・猪熊山(130.7m)・北ヶ倉山(130m)
河川: 武雄川・甘久川・高橋川・繁昌川・杉ノ岳川・六角川・潮見川・川古川・永野川・山中川・御所川・松浦川・鳥ノ海川・小田志川・三間坂川・狩立川・鳥海川
湖沼: 池ノ内湖・柚ノ木谷溜池・内ノ子池・八ッ之尾溜池・玉江溜池・北畑池・浦田池・西堤池・永谷池・焼米池・番道田池・永池溜池・朝日ダム・繁昌ダム・渕の尾ダム・本部ダム・矢筈ダム・庭木ダム・永池ダム・狩立ダム・日ノ峯ダム・犬走ダム・踊瀬ダム

災害
1954年9月26日 - 洞爺丸台風の接近に伴う豪雨で高橋川が決壊。朝日町の100戸近くが床上浸水した。
気候
年平均気温は15.4℃である。県全体からみれば、玄界灘や有明海の沿岸が16℃から16.5℃で高く、天山山塊の高原地帯が13℃から15℃で低い。武雄は後者の低い方で、同様の地帯が嬉野地区を経て多良岳へと続いている。気温は1日の気温差が大きい傾向にあり、夏は最高気温が35℃を超えることもある。海抜が低いため水害(洪水)が多いほか、内陸のため冬季を中心に乾燥しやすい。また、水蒸気が多量に供給されて、風のない夜間放熱される条件の時は霧が発生する。七山や古湯、佐賀平野の東部などと共に武雄盆地も霧の発生が多いところである。

年間降水量1996.2mm、年間日照時間1897.9時間。

隣接市町村
佐賀県
多久市
唐津市
伊万里市
嬉野市
杵島郡白石町・大町町
西松浦郡有田町
長崎県
東彼杵郡波佐見町
地域
武雄市は9つの「町」に分けられる。それぞれは合併前の町村(旧武雄市の7町は1954年、山内町・北方町の2町は2006年の合併)に対応する。

歴史
たけおし
武雄市
Flag of Takeo, Saga.svg
武雄市旗
Symbol of Takeo Saga.svg
武雄市章
1955年(昭和30年)3月22日制定
廃止日    2006年3月1日
廃止理由    新設合併
武雄市・杵島郡北方町・山内町 → 武雄市
現在の自治体    武雄市
廃止時点のデータ
国    日本の旗 日本
地方    九州地方
都道府県    佐賀県
団体コード    41206-6
面積    127.28km2
総人口    33,697人
(国勢調査、2005年)
隣接自治体    佐賀県:多久市・唐津市・伊万里市
山内町・嬉野市・白石町・北方町
長崎県:波佐見町
市の木    楠
市の花    梅
武雄市役所
所在地    〒843-8639
佐賀県武雄市武雄町大字昭和12番地30

近現代ウィキソースに武雄市、山内町、北方町を廃し、武雄市を置く件の原文があります。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、杵島郡武雄町が発足。
1900年(明治33年)6月7日 - 武雄村を編入。
1954年(昭和29年)4月1日 - 武雄町・朝日村・武内村・橘村・東川登村・西川登村・若木村が合併、市制施行して武雄市となる。
2006年(平成18年)3月1日 - 北方町・山内町と新設合併し、改めて武雄市が発足。旧来の武雄市は廃止となる。


マスコットキャラクター
おしくらマン
2001年(平成13年)から武雄市・全日本美味暮まんじゅう選手権大会のマスコットキャラクター。
姉妹友好都市・提携都市
日本の旗北海道紋別郡雄武町 - 武雄市と漢字の並びが逆の雄武町と郵便の誤配などが縁で交流が1986年6月16日より開始された。
アメリカ合衆国の旗セバストポール市(英語版)(アメリカ合衆国 カリフォルニア州) - 旧山内町が1985年から友好都市提携を締結して交流が開始された。2011年4月16日(現地時間)にセバストポール市で武雄市との姉妹都市締結の再調印式が行われた。
県政・県の出先機関
武雄市から選出される佐賀県議会議員の定数は2議席である。

出先機関

佐賀県武雄総合庁舎
武雄県税事務所
武雄土木事務所
武雄農林事務所
杵藤保健福祉事務所
佐賀県畜産試験場
国政・国の出先機関
衆議院 - 武雄市は、佐賀県第2区と佐賀県第3区に小選挙区が分かれていたが、2013年に3区が廃止され2区に編入。この結果、市内全域が2区に属することとなった。比例区では九州ブロックに属する。詳細は、それぞれの選挙区を参照のこと。
参議院 - 武雄市は、佐賀県選挙区(全県区、定数2議席)に属する。
出先機関

厚生労働省
武雄公共職業安定所 - 武雄市のほか、嬉野市・杵島郡[9]を管轄
武雄労働基準監督署 - 武雄市のほか、鹿島市・嬉野市・杵島郡・藤津郡を管轄
日本年金機構
武雄年金事務所 - 武雄市のほか、鹿島市・嬉野市・杵島郡・藤津郡・西松浦郡を管轄
国土交通省九州地方整備局
武雄河川事務所 - 六角川・松浦川・厳木ダムの管理
武雄河川事務所朝日出張所
国税庁福岡国税局
武雄税務署 - 武雄市のほか、鹿島市・嬉野市・杵島郡・藤津郡を管轄
法務省
佐賀地方法務局武雄支局 - 武雄市のほか、鹿島市・嬉野市・杵島郡・藤津郡を管轄
佐賀地方検察庁武雄支部
武雄区検察庁 - 武雄市のほか、大町町を管轄
農林水産省九州農政局
佐賀農政事務所武雄庁舎
防衛省自衛隊佐賀地方協力本部武雄地域事務所
独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構
裁判所
佐賀地方裁判所武雄支部 - 武雄市のほか、鹿島市・嬉野市・伊万里市・杵島郡・藤津郡・西松浦郡を管轄
佐賀家庭裁判所武雄支部 - 武雄市のほか、嬉野市・伊万里市・大町町・西松浦郡を管轄
警察
武雄警察署
交番
武雄温泉駅前交番
駐在所
朝日駐在所
橘駐在所
若木駐在所
武内駐在所
東川登駐在所
西川登駐在所
大崎駐在所
志久駐在所
橋下駐在所
三間坂駐在所
宮野駐在所
消防
杵藤地区広域市町村圏組合消防本部
武雄消防署
山内分署
経済・産業
就業人口
第一次産業:1,280人 2.5%(2010年)
第二次産業:5,560人 11.0%(2010年)
第三次産業:38,477人 76.3%(2010年)
第1次産業
市域の約23%が田畑で、市内全域で農業が行われている。主な農産物は米で麦、大豆の栽培も盛んである。山内町は茶やチンゲンサイ、佐賀牛などの生産が多い。しかし、年々農業所得が低下しており県内の市の中では最も低くなっており、農業後継者の高齢化と重なり耕作放棄地の増加や農業離れが深刻な問題となった。

2007年に市がレモングラス栽培を呼びかけ、当時「レモングラス課」を置いて推進した。

第2次産業
製造業と建設業が中心で、いずれも経営環境は厳しい。

陶磁器の生産が盛んで旧武雄市内を中心に武雄古唐津焼の窯元が多く立地している。山内町は有田町に隣接しているため有田焼(伊万里焼)の窯元が多く立地しており、陶磁器の生産が盛んである。

主な工業集積地として、武雄工業団地(若木町)、堀切工業団地(山内町)がある。2011年に武雄北方インター工業団地(北方町)が新たに造成されて分譲が開始された。

2002年に市内で創業の釣具メーカーのデュエル(1997年にヨーヅリが社名変更)が海外への生産拠点移行で地元従業員100人を解雇して武雄工場を閉鎖した。また、1990年に分譲を開始した武雄工業団地も企業の撤退・工場の閉鎖などでなかなか埋まらずにいたが、2012年に22年を経て、ようやく全区画が完売した。

第3次産業
商業及び武雄温泉等による観光業が中心である。

1998年に大型商業施設のゆめタウンが進出し、この影響で武雄温泉通り商店街をはじめとする市内各地の商店の閉鎖やスーパーマーケットの撤退が続き、空洞化が問題となった。2004年に地場大手で創業地である市内に本部があるオサダの破綻、2007年に創業店の武雄店も閉店した。その後、新たに閉店された数店舗に新たにスーパーマーケットが進出して新たに開店、さらに複合商業施設(メリーランド武雄・アクロスプラザ武雄)が相次いでオープンした。武雄温泉通り商店街も空き店舗対策や独自に「楼門朝市」や「灯篭まつり」などのイベントを行うなど奮闘している。また、市内の物産館などの店舗で前述のレモングラス・イノシシ肉の加工品の販売と食材に利用して市内の飲食店で提供している。2011年11月に武雄市が通販サイトF&B良品を開設、武雄市の特産品などの販売を開始したが、武雄sg、自治体特選ストア武雄を経て2018年3月29日をもって終了した。

武雄市の観光客数は1975年から増減があるものの現在まで増加傾向にある。武雄市の観光客数推多をみると、1987年の武雄北方ICが供用開始などによる交通利便性の向上により1990年に観光客数が急増し、1999年に佐賀県立宇宙科学館がオープンしたことによって2000年の観光客数が大きく増加していると考えられる。しかし、最近の動向としては減少傾向にある。日帰り観光客数は年々増加する一方で、宿泊客数は減少している。その傾向を示して、2004年に武雄温泉楼門の目前に建ち明治時代創業の歴史があった「ホテル武雄館」、2007年に北ヶ倉山頂にあり武雄市街を一望できる武雄保養センターを市が購入、県内の業者に売却して「奥武雄温泉・四季のそら」として同年にオープンしたが2011年に営業を停止した。市も『佐賀のがばいばあちゃん』のロケ誘致や武雄の観光宣伝隊「GABBA」での知名度アップや地元の商工会議所青年部、商工会青年部やまちおこし・まちづくり団体と協力・連携して、様々な企画・イベントを行うなどして観光客の増加に挑んでいる。

武雄市に本社を置く企業
九州ひぜん信用金庫
タケックス - TOA子会社
九州トリシマ - 酉島製作所関連会社
三京ステンレス鋼管 - 三京物産子会社
NEOMAX九州 - 日立金属グループ企業
有限会社エステーシー - ゼニス計測システム関連会社
武雄市に工場・事業所を置く企業
東方工業 九州工場
日本ハードメタル 九州工場 - オーエスジー子会社
東拓工業 九州工場
サニックス
武雄工場
武雄第2工場
サンエイム 武雄B工場 - サニックス子会社
昭和金属工業 - ウェイバックマシン(2003年8月3日アーカイブ分) 武雄工場
平和電機
九州ブロック 若木工場
九州ブロック 橘工場
フランソア 佐賀工場
東洋空機製作所 杵島工場
清本鐵工 佐賀工場
九州製鋼 佐賀工場
岩尾磁器工業
山内第1,3工場
山内第2工場
武雄工場
興和日東 山内工場
ダイコー精機 九州工場
富士精機製作所 佐賀工場
オムロン リレーアンドデバイス株式会社 武雄事業所 - オムロン関連会社
豊田合成 佐賀工場
主な商業施設
ゆめタウン武雄
メリーランド武雄
アクロスプラザ武雄
森の遊園地 武雄嬉野メルヘン村
市外局番
市外局番は全域が0954である。
武雄MA(市内局番20 - 49)
郵便局
郵便局(ゆうちょ銀行)(18局)
集配局 - 窓口業務に加え、集配業務を行う郵便局(1局)
武雄郵便局
無集配局(10局)
武雄富岡郵便局、高橋郵便局、橘郵便局、若木郵便局、武内郵便局、東川登郵便局、西川登郵便局、北方大崎郵便局、北方郵便局、三間坂郵便局
簡易郵便局(7局)
川良簡易郵便局、上西山簡易郵便局、武雄永島簡易郵便局、甘久簡易郵便局、鳴瀬簡易郵便局、大渡簡易郵便局、立野川内簡易郵便局
郵便番号
〒843-0xxx(武雄町、朝日町、橘町、若木町、東川登町、西川登町)
〒849-2xxx(武内町、北方町、山内町)
金融機関
佐賀銀行(4支店)武雄支店、武雄西出張所、北方支店、三間坂出張所
佐賀共栄銀行武雄支店
親和銀行武雄支店
九州ひぜん信用金庫(本店+3支店)本店営業部、宮野町支店、北方支店、山内支店
佐賀西信用組合武雄支店
九州労働金庫武雄支店
JAさが(JAバンク)(4支所+1出張所) - 武雄支所、武雄北支所、川登支所、山内支所、さくら出張所
テレビ・ラジオ
ケーブルテレビ経由で福岡県の放送局が視聴できる。武雄市は地理的に受信環境の悪い地域なのでケーブルテレビの加入率が93%と非常に高い。市内で視聴できるテレビ・ラジオは以下の通り。

テレビ※ケーブルテレビへの加入が前提である。
NHK佐賀放送局 <総合1ch><Eテレ2ch>
サガテレビ(STS、フジテレビ系列)<3ch>
RKB毎日放送(RKB、TBS系列)<4ch>
福岡放送(FBS、日本テレビ系列)<5ch>
九州朝日放送(KBC、テレビ朝日系列)<6ch>
TVQ九州放送(TVQ、テレビ東京系列)<7ch>
テレビ西日本(TNC、フジテレビ系列)<8ch>
ケーブルテレビ
ケーブルワン(旧山内町を除く)
テレビ九州(旧山内町のみ)
有田ケーブル・ネットワーク(旧山内町のみ)
ラジオ
AM
NHK佐賀放送局(第一放送のみ・第二放送は熊本放送局、福岡放送局のエリア)
NBCラジオ佐賀(長崎放送佐賀ラジオ放送局)
FM
NHK佐賀放送局
エフエム佐賀
健康・福祉
統計はすべて2010年10月1日の国勢調査のもの。

平均年齢 : 46.28歳
年少人口(0 - 14)割合:14.64%
生産年齢人口(15 - 64)割合:59.76%
老年人口(65 - )割合:25.60%
病院
武雄地区休日急患センター
巨樹の会新武雄病院
教育
専修学校・各種学校
武雄看護学校
武雄看護リハビリテーション学校
高等学校
県立
佐賀県立武雄高等学校
佐賀県立武雄青陵高等学校(武雄高等学校に統合され2009年3月31日をもって閉校)
私立
佐賀女子短期大学付属佐賀女子高等学校 武雄校舎(2013年3月31日をもって閉鎖)
中学校
市立
武雄中学校
武雄北中学校
川登中学校
北方中学校
山内中学校
県立
武雄青陵中学校
小学校
市立
武雄小学校
御船が丘小学校
朝日小学校
橘小学校
若木小学校
武内小学校
東川登小学校
西川登小学校
北方小学校
山内東小学校
山内西小学校
幼稚園
市立
北方幼稚園
私立
武雄カトリック幼稚園
明信幼稚園
のぞみ幼稚園
たちばな幼稚園
三間坂幼稚園
保育所
市立
武雄保育所
私立
光の園保育園
小鳩の家保育園
ひまわり保育園
花島保育園
あさひ保育園
わかき保育園
武内保育園
かわのぼり保育園
大﨑保育園
志久慈音保育園
山内保育園
芳華保育園
立野川内保育園
私立(認可外)
かみにしやま保育園
キッズハウス
託児所 明信園
学校教育以外の施設
自動車教習所

武雄自動車学校
交通
最寄り空港は佐賀市にある佐賀空港。便数や路線の関係上、福岡空港を利用する人も多い。
鉄道

武雄温泉駅
九州旅客鉄道(JR九州)
佐世保線
北方駅 - 高橋駅 - 武雄温泉駅 - 永尾駅 - 三間坂駅
中心駅は武雄温泉駅。

バス
高速バス
ユタカ交通が佐世保市・長崎市と大阪市を結ぶ夜行バス路線を運行しており、市内に停留所を設置している。

かつては夜行高速バス「コーラルエクスプレス号」が、名古屋市および堺市・大阪市と武雄市・佐世保市を結んでいたほか、「させぼ号」の一部の便が武雄市を経由していた。

一般路線バス
昭和自動車:武雄市と多久市を結ぶ路線を運行する。
祐徳自動車:武雄市と大町町→江北町→小城市→佐賀市(佐賀駅バスセンター)、嬉野市→鹿島市(祐徳神社)を結ぶ2路線を運行する。
JR九州バス:武雄温泉駅から嬉野温泉を経由して彼杵駅に至る嬉野線を運行する。
かつては西肥自動車が伊万里市・佐世保市と武雄市を結ぶ路線を運行していた。

道路
高速道路
長崎自動車道
武雄北方インターチェンジ - 川登サービスエリア - 武雄ジャンクション
自動車専用道路
西九州自動車道
武雄ジャンクション - 武雄南インターチェンジ
一般国道
国道34号
国道35号
国道498号
道の駅
山内
主要地方道
佐賀県道1号佐世保嬉野線
佐賀県道25号多久若木線
佐賀県道26号伊万里山内線
佐賀県道36号武雄福富線
佐賀県道38号相知山内線
佐賀県道45号嬉野山内線
佐賀県道53号武雄伊万里線
文化施設

武雄市図書館
武雄市文化会館
佐賀県立宇宙科学館
武雄市図書館・歴史資料館
スポーツ施設
武雄競輪場
白岩運動公園内
白岩競技場
白岩体育館
白岩球場
白岩運動広場
白岩相撲場
白岩弓道場
白岩軽運動場
白岩ゲートボール場
天神崎公園テニスコート
北方スポーツセンター
北方運動公園テニスコート
北方運動公園プール
北方運動公園相撲場
北方運動公園運動場
北方西体育館
サンスポーツランド北方
北方グラウンド
北方東運動場
北方東体育館
山内中央公園内
山内中央公園グラウンド
山内中央公園テニスコート
山内中央公園プール
山内中央公園武道館
山内中央公園弓道場
山内中央公園スポーツセンター
山内多目的スポーツ広場
特産品
武雄古唐津焼
黒尾のきゅうり
若木の豚(若楠ポーク)
弓野人形
西川登竹細工
焼き物(有田焼・伊万里焼)
佐賀牛
黒米(黒髪米)
温泉化粧水ゆほほ
レモングラス
いのしし肉
楼門バーガー
佐賀牛すき焼き弁当 - 第8回、第9回九州駅弁グランプリで1位
名所・史跡・観光スポット・祭事・催事

川古のクス

御船山楽園

慧洲園
名所・史跡・観光スポット
武雄温泉
武雄温泉楼門・武雄温泉新館(建物は国の重要文化財)
御船山楽園 - 「旧武雄邑主鍋島氏別邸庭園」として国の登録記念物に登録。桜、ツツジ、紅葉の名所。日本の庭園100選に選定。
慧洲園 - 中根金作が作庭した日本庭園。日本の庭園100選に選定。
武雄市文化会館庭園 - 武雄鍋島家の別邸庭園。紅葉の名所。
御船が丘梅林
武雄温泉保養村 - 池ノ内湖はため池百選に選定。桜、ホタルの名所。
佐賀県立宇宙科学館
桜山公園 - 桜の名所
円応寺 - 武雄鍋島家の菩提寺、桜の名所
廣福寺 - 木造四天王立像は国の重要文化財に指定
武雄の三大大楠

 

厚生労働省
武雄公共職業安定所 - 武雄市のほか、嬉野市・杵島郡[9]を管轄
武雄労働基準監督署 - 武雄市のほか、鹿島市・嬉野市・杵島郡・藤津郡を管轄
日本年金機構
武雄年金事務所 - 武雄市のほか、鹿島市・嬉野市・杵島郡・藤津郡・西松浦郡を管轄
国土交通省九州地方整備局
武雄河川事務所 - 六角川・松浦川・厳木ダムの管理
武雄河川事務所朝日出張所
国税庁福岡国税局
武雄税務署 - 武雄市のほか、鹿島市・嬉野市・杵島郡・藤津郡を管轄
法務省
佐賀地方法務局武雄支局 - 武雄市のほか、鹿島市・嬉野市・杵島郡・藤津郡を管轄
佐賀地方検察庁武雄支部
武雄区検察庁 - 武雄市のほか、大町町を管轄
農林水産省九州農政局
佐賀農政事務所武雄庁舎
防衛省自衛隊佐賀地方協力本部武雄地域事務所
独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構
裁判所
佐賀地方裁判所武雄支部 - 武雄市のほか、鹿島市・嬉野市・伊万里市・杵島郡・藤津郡・西松浦郡を管轄
佐賀家庭裁判所武雄支部 - 武雄市のほか、嬉野市・伊万里市・大町町・西松浦郡を管轄
警察
武雄警察署
交番
武雄温泉駅前交番
駐在所
朝日駐在所
橘駐在所
若木駐在所
武内駐在所
東川登駐在所
西川登駐在所
大崎駐在所
志久駐在所
橋下駐在所
三間坂駐在所
宮野駐在所
消防
杵藤地区広域市町村圏組合消防本部
武雄消防署
山内分署
経済・産業
就業人口
第一次産業:1,280人 2.5%(2010年)
第二次産業:5,560人 11.0%(2010年)
第三次産業:38,477人 76.3%(2010年)
第1次産業
市域の約23%が田畑で、市内全域で農業が行われている。主な農産物は米で麦、大豆の栽培も盛んである。山内町は茶やチンゲンサイ、佐賀牛などの生産が多い。しかし、年々農業所得が低下しており県内の市の中では最も低くなっており、農業後継者の高齢化と重なり耕作放棄地の増加や農業離れが深刻な問題となった。

2007年に市がレモングラス栽培を呼びかけ、当時「レモングラス課」を置いて推進した。

第2次産業
製造業と建設業が中心で、いずれも経営環境は厳しい。

陶磁器の生産が盛んで旧武雄市内を中心に武雄古唐津焼の窯元が多く立地している。山内町は有田町に隣接しているため有田焼(伊万里焼)の窯元が多く立地しており、陶磁器の生産が盛んである。

主な工業集積地として、武雄工業団地(若木町)、堀切工業団地(山内町)がある。2011年に武雄北方インター工業団地(北方町)が新たに造成されて分譲が開始された。

2002年に市内で創業の釣具メーカーのデュエル(1997年にヨーヅリが社名変更)が海外への生産拠点移行で地元従業員100人を解雇して武雄工場を閉鎖した。また、1990年に分譲を開始した武雄工業団地も企業の撤退・工場の閉鎖などでなかなか埋まらずにいたが、2012年に22年を経て、ようやく全区画が完売した。

第3次産業
商業及び武雄温泉等による観光業が中心である。

1998年に大型商業施設のゆめタウンが進出し、この影響で武雄温泉通り商店街をはじめとする市内各地の商店の閉鎖やスーパーマーケットの撤退が続き、空洞化が問題となった。2004年に地場大手で創業地である市内に本部があるオサダの破綻、2007年に創業店の武雄店も閉店した。その後、新たに閉店された数店舗に新たにスーパーマーケットが進出して新たに開店、さらに複合商業施設(メリーランド武雄・アクロスプラザ武雄)が相次いでオープンした。武雄温泉通り商店街も空き店舗対策や独自に「楼門朝市」や「灯篭まつり」などのイベントを行うなど奮闘している。また、市内の物産館などの店舗で前述のレモングラス・イノシシ肉の加工品の販売と食材に利用して市内の飲食店で提供している。2011年11月に武雄市が通販サイトF&B良品を開設、武雄市の特産品などの販売を開始したが、武雄sg、自治体特選ストア武雄を経て2018年3月29日をもって終了した。

武雄市の観光客数は1975年から増減があるものの現在まで増加傾向にある。武雄市の観光客数推多をみると、1987年の武雄北方ICが供用開始などによる交通利便性の向上により1990年に観光客数が急増し、1999年に佐賀県立宇宙科学館がオープンしたことによって2000年の観光客数が大きく増加していると考えられる。しかし、最近の動向としては減少傾向にある。日帰り観光客数は年々増加する一方で、宿泊客数は減少している。その傾向を示して、2004年に武雄温泉楼門の目前に建ち明治時代創業の歴史があった「ホテル武雄館」、2007年に北ヶ倉山頂にあり武雄市街を一望できる武雄保養センターを市が購入、県内の業者に売却して「奥武雄温泉・四季のそら」として同年にオープンしたが2011年に営業を停止した。市も『佐賀のがばいばあちゃん』のロケ誘致や武雄の観光宣伝隊「GABBA」[10]での知名度アップや地元の商工会議所青年部、商工会青年部やまちおこし・まちづくり団体と協力・連携して、様々な企画・イベントを行うなどして観光客の増加に挑んでいる。

武雄市に本社を置く企業
九州ひぜん信用金庫
タケックス - TOA子会社
九州トリシマ - 酉島製作所関連会社
三京ステンレス鋼管 - 三京物産子会社
NEOMAX九州 - 日立金属グループ企業
有限会社エステーシー - ゼニス計測システム関連会社
武雄市に工場・事業所を置く企業
東方工業 九州工場
日本ハードメタル 九州工場 - オーエスジー子会社
東拓工業 九州工場
サニックス
武雄工場
武雄第2工場
サンエイム 武雄B工場 - サニックス子会社
昭和金属工業 - ウェイバックマシン(2003年8月3日アーカイブ分) 武雄工場
平和電機
九州ブロック 若木工場
九州ブロック 橘工場
フランソア 佐賀工場
東洋空機製作所 杵島工場
清本鐵工 佐賀工場
九州製鋼 佐賀工場
岩尾磁器工業
山内第1,3工場
山内第2工場
武雄工場
興和日東 山内工場
ダイコー精機 九州工場
富士精機製作所 佐賀工場
オムロン リレーアンドデバイス株式会社 武雄事業所 - オムロン関連会社
豊田合成 佐賀工場
主な商業施設
ゆめタウン武雄
メリーランド武雄
アクロスプラザ武雄
森の遊園地 武雄嬉野メルヘン村
市外局番
市外局番は全域が0954である。
武雄MA(市内局番20 - 49)
郵便局
郵便局(ゆうちょ銀行)(18局)
集配局 - 窓口業務に加え、集配業務を行う郵便局(1局)
武雄郵便局
無集配局(10局)
武雄富岡郵便局、高橋郵便局、橘郵便局、若木郵便局、武内郵便局、東川登郵便局、西川登郵便局、北方大崎郵便局、北方郵便局、三間坂郵便局
簡易郵便局(7局)
川良簡易郵便局、上西山簡易郵便局、武雄永島簡易郵便局、甘久簡易郵便局、鳴瀬簡易郵便局、大渡簡易郵便局、立野川内簡易郵便局
郵便番号
〒843-0xxx(武雄町、朝日町、橘町、若木町、東川登町、西川登町)
〒849-2xxx(武内町、北方町、山内町)
金融機関
佐賀銀行(4支店)武雄支店、武雄西出張所、北方支店、三間坂出張所
佐賀共栄銀行武雄支店
親和銀行武雄支店
九州ひぜん信用金庫(本店+3支店)本店営業部、宮野町支店、北方支店、山内支店
佐賀西信用組合武雄支店
九州労働金庫武雄支店
JAさが(JAバンク)(4支所+1出張所) - 武雄支所、武雄北支所、川登支所、山内支所、さくら出張所
テレビ・ラジオ
ケーブルテレビ経由で福岡県の放送局が視聴できる。武雄市は地理的に受信環境の悪い地域なのでケーブルテレビの加入率が93%と非常に高い。市内で視聴できるテレビ・ラジオは以下の通り。

テレビ※ケーブルテレビへの加入が前提である。
NHK佐賀放送局 <総合1ch><Eテレ2ch>
サガテレビ(STS、フジテレビ系列)<3ch>
RKB毎日放送(RKB、TBS系列)<4ch>
福岡放送(FBS、日本テレビ系列)<5ch>
九州朝日放送(KBC、テレビ朝日系列)<6ch>
TVQ九州放送(TVQ、テレビ東京系列)<7ch>
テレビ西日本(TNC、フジテレビ系列)<8ch>
ケーブルテレビ
ケーブルワン(旧山内町を除く)
テレビ九州(旧山内町のみ)
有田ケーブル・ネットワーク(旧山内町のみ)
ラジオ
AM
NHK佐賀放送局(第一放送のみ・第二放送は熊本放送局、福岡放送局のエリア)
NBCラジオ佐賀(長崎放送佐賀ラジオ放送局)
FM
NHK佐賀放送局
エフエム佐賀
健康・福祉
統計はすべて2010年10月1日の国勢調査のもの。

平均年齢 : 46.28歳
年少人口(0 - 14)割合:14.64%
生産年齢人口(15 - 64)割合:59.76%
老年人口(65 - )割合:25.60%
病院
武雄地区休日急患センター
巨樹の会新武雄病院
教育
専修学校・各種学校
武雄看護学校
武雄看護リハビリテーション学校
高等学校
県立
佐賀県立武雄高等学校
佐賀県立武雄青陵高等学校(武雄高等学校に統合され2009年3月31日をもって閉校)
私立
佐賀女子短期大学付属佐賀女子高等学校 武雄校舎(2013年3月31日をもって閉鎖)
中学校
市立
武雄中学校
武雄北中学校
川登中学校
北方中学校
山内中学校
県立
武雄青陵中学校
小学校
市立
武雄小学校
御船が丘小学校
朝日小学校
橘小学校
若木小学校
武内小学校
東川登小学校
西川登小学校
北方小学校
山内東小学校
山内西小学校
幼稚園
市立
北方幼稚園
私立
武雄カトリック幼稚園
明信幼稚園
のぞみ幼稚園
たちばな幼稚園
三間坂幼稚園
保育所
市立
武雄保育所
私立
光の園保育園
小鳩の家保育園
ひまわり保育園
花島保育園
あさひ保育園
わかき保育園
武内保育園
かわのぼり保育園
大﨑保育園
志久慈音保育園
山内保育園
芳華保育園
立野川内保育園
私立(認可外)
かみにしやま保育園
キッズハウス
託児所 明信園
学校教育以外の施設
自動車教習所

武雄自動車学校
交通
最寄り空港は佐賀市にある佐賀空港。便数や路線の関係上、福岡空港を利用する人も多い。
鉄道

武雄温泉駅
九州旅客鉄道(JR九州)
佐世保線
北方駅 - 高橋駅 - 武雄温泉駅 - 永尾駅 - 三間坂駅
中心駅は武雄温泉駅。

バス
高速バス
ユタカ交通が佐世保市・長崎市と大阪市を結ぶ夜行バス路線を運行しており、市内に停留所を設置している。

かつては夜行高速バス「コーラルエクスプレス号」が、名古屋市および堺市・大阪市と武雄市・佐世保市を結んでいたほか、「させぼ号」の一部の便が武雄市を経由していた。

一般路線バス
昭和自動車:武雄市と多久市を結ぶ路線を運行する。
祐徳自動車:武雄市と大町町→江北町→小城市→佐賀市(佐賀駅バスセンター)、嬉野市→鹿島市(祐徳神社)を結ぶ2路線を運行する。
JR九州バス:武雄温泉駅から嬉野温泉を経由して彼杵駅に至る嬉野線を運行する。
かつては西肥自動車が伊万里市・佐世保市と武雄市を結ぶ路線を運行していた。

道路
高速道路
長崎自動車道
武雄北方インターチェンジ - 川登サービスエリア - 武雄ジャンクション
自動車専用道路
西九州自動車道
武雄ジャンクション - 武雄南インターチェンジ
一般国道
国道34号
国道35号
国道498号
道の駅
山内
主要地方道
佐賀県道1号佐世保嬉野線
佐賀県道25号多久若木線
佐賀県道26号伊万里山内線
佐賀県道36号武雄福富線
佐賀県道38号相知山内線
佐賀県道45号嬉野山内線
佐賀県道53号武雄伊万里線
文化施設

武雄市図書館
武雄市文化会館
佐賀県立宇宙科学館
武雄市図書館・歴史資料館
スポーツ施設
武雄競輪場
白岩運動公園内
白岩競技場
白岩体育館
白岩球場
白岩運動広場
白岩相撲場
白岩弓道場
白岩軽運動場
白岩ゲートボール場
天神崎公園テニスコート
北方スポーツセンター
北方運動公園テニスコート
北方運動公園プール
北方運動公園相撲場
北方運動公園運動場
北方西体育館
サンスポーツランド北方
北方グラウンド
北方東運動場
北方東体育館
山内中央公園内
山内中央公園グラウンド
山内中央公園テニスコート
山内中央公園プール
山内中央公園武道館
山内中央公園弓道場
山内中央公園スポーツセンター
山内多目的スポーツ広場
特産品
武雄古唐津焼
黒尾のきゅうり
若木の豚(若楠ポーク)
弓野人形
西川登竹細工
焼き物(有田焼・伊万里焼)
佐賀牛
黒米(黒髪米)
温泉化粧水ゆほほ
レモングラス
いのしし肉
楼門バーガー
佐賀牛すき焼き弁当 - 第8回、第9回九州駅弁グランプリで1位
名所・史跡・観光スポット・祭事・催事

川古のクス

御船山楽園

慧洲園
名所・史跡・観光スポット
武雄温泉
武雄温泉楼門・武雄温泉新館(建物は国の重要文化財)
御船山楽園 - 「旧武雄邑主鍋島氏別邸庭園」として国の登録記念物に登録。桜、ツツジ、紅葉の名所。日本の庭園100選に選定。
慧洲園 - 中根金作が作庭した日本庭園。日本の庭園100選に選定。
武雄市文化会館庭園 - 武雄鍋島家の別邸庭園。紅葉の名所。
御船が丘梅林
武雄温泉保養村 - 池ノ内湖はため池百選に選定。桜、ホタルの名所。
佐賀県立宇宙科学館
桜山公園 - 桜の名所
円応寺 - 武雄鍋島家の菩提寺、桜の名所
廣福寺 - 木造四天王立像は国の重要文化財に指定
武雄の三大大楠
川古の大楠
武雄の大楠
柄崎の大楠
武雄神社
武雄温泉物産館
淀姫神社 - 『佐賀のがばいばあちゃん』メインロケ地。オープンセットが保存してある。
竹古場キルンの森公園・飛龍窯 - 世界一の大きさの登り窯
馬場の山桜 - 桜の名所
おつぼ山神籠石(国の史跡) - 古代山城
森の遊園地 武雄嬉野メルヘン村
きたがた四季の丘公園
高野寺 - シャクナゲの名所
大聖寺 - アジサイの名所
武雄北方ちゃんぽん街道 - 約3キロにわたる道沿いに10軒のちゃんぽん店が出店
黒髪の里 (道の駅山内)
北方温泉四季の里 七彩の湯
黒髪山県立自然公園 - 21世紀に残したい日本の自然100選に選定
夫婦石
乳待坊公園 - 桜、ツツジ、紅葉の名所
黒髪神社
神六山公園
祭事・催事
武雄温泉楼門朝市(毎週日曜 7:00〜9:30)
御船山楽園・花まつり(3月下旬〜5月上旬)
九州最大級『桜ライトアップ』(3月下旬〜4月上旬)※桜の開花時期で前後する
武雄温泉春まつり(4月第一土日)
黒髪の里・春ほのぼの祭り(4月16日)
高野寺・シャクナゲ祭(4月中旬〜5月上旬)
四季の丘フェスタin きたがた(4月下旬)
御船が丘梅林・うめ〜ランド(5月下旬)
保養村・ほたる祭り(5月下旬〜6月上旬)
大聖寺・あじさいまつり(6月中旬〜7月上旬)
温泉どおり・灯籠まつり(8月上旬)
黒髪の里・ふれあいまつり(8月上旬)
北方盆踊り大会(8月16日)
大聖寺・お不動さんまつり(8月・2月第二土曜日)
武雄の荒踊(9月23日)
温泉どおり・名月バンコまつり(9月下旬)
武雄くんち 武雄温泉秋まつり(10月22日・23日)
武雄神社の流鏑馬(10月23日)
黒髪神社おくんち祭(10月29日)
黒髪神社の流鏑馬
御船山楽園・紅葉まつり (11月上旬〜12月上旬)
夜間ライトアップ・イベント『たまゆらの夕べ』(11月中旬〜下旬)※紅葉の具合により前後する
がばい武雄の物産まつり (11月中旬〜12月上旬の土日の2日間)
武内町黒牟田地区・民陶火まつり(11月下旬)
黒髪山陶芸作家村秋の窯開き(11月下旬)
黒髪の浪漫まつり(12月30日)
飛龍窯灯ろう祭り(2月中旬)
御船が丘梅林・観梅まつり(2月中旬〜3月下旬)
武雄市を舞台にした作品
映画
地雷を踏んだらサヨウナラ(1999年・シネカノン配給)
一ノ瀬泰造は、武雄出身でロケは武雄温泉通りでもあり、町の人たちもエキストラとして登場した。通りの様子を時代に合わせるために模様替えをし、泰造の業績を後世に伝えようと町を挙げて取り組んだ。
ドラマ(※は市内ロケあり)
取調室シリーズ
取調室6 優しい笑顔と鉄の心を持つ陶芸界のマドンナに県警が挑んだ十二日間(1997年6月24日放送)※
取調室11 ホシは元外科医の女性評論家、凶器なき密室殺人に県警が挑んだ12日間(2000年1月25日放送)※
取調室13 凶器なき密室殺人…元女優が隠し続けた3ミリの傷と四角い血液(2001年2月20日放送)※
3作品ともに武雄市が舞台としてストーリーに絡む
漫画
哲也-雀聖と呼ばれた男(原案:さいふうめい、漫画:星野泰視)
第240〜245話(第29〜30巻収録)が武雄が舞台で武雄温泉楼門と武雄温泉新館が「楼門荘」として登場する。
ゲーム
電車でGO! プロフェッショナル2(タイトー・PlayStation 2版、Windows版)
武雄温泉駅を含めた佐世保線が登場する。2002年(平成14年)ごろのゲームデータのため武雄温泉駅は仮設駅になる前の駅が再現されている。他に肥前山口方には建設途中の高架橋も登場する。
ロケ地
佐賀のがばいばあちゃん(2007年、2010年)
テレビ版は、佐賀の民放テレビ局・サガテレビを系列局に抱え、同局の番組に現在は佐賀市在住の洋七自身も時折出演していることから、フジテレビが制作・放送した。メインロケ地には市長が中心となって誘致を進めた武雄市が選ばれ、同市には「佐賀のがばいばあちゃん課」が設置されるに至った。
女取調官シリーズ
女取調官2 東京〜佐賀・玄界灘 同時殺人の謎(2012年2月20日放送)
撮影協力:武雄神社、武雄市教育委員会
武雄神社で遺体の男性と犯人と思われる女性が接触していた可能性があると調査していた。
著名な出身者
★は故人

佐賀藩武雄領主
鍋島茂義 - 第28代。封建領主としては日本で初めて西洋式砲術を導入 ★
鍋島茂昌 - 第29代。戊辰戦争で秋田に出征、勲功を挙げた。★
山口尚芳 - 外交官 ★
渋川玄耳 - ジャーナリスト ★
杉原荒太 - 政治家、外交官 ★
中村是好 - 喜劇俳優 ★
実松譲 - 海軍軍人、作家 ★
松尾静麿 - 元運輸省航空庁長官、元日本航空社長・会長 ★
岩崎卯一 - 社会学者、政治学者、関西大学学長。★
林誠之助 - 俳優 ★
大伴麟三 - 映画監督、脚本家 ★
森田信尊 - 剣道家 ★
長島厚 - 陸軍大尉。1945年8月の「占守島の戦い」の生き残り。
貝原俊民 - 元兵庫県知事 ★
吉田勝豊 - 元プロ野球選手 ★
荒川文夫 - 元大相撲力士
長嶺豊 - 元競艇選手
筒井ガンコ堂 - 編集者、エッセイスト
一ノ瀬泰造 - カメラマン ★
中野和雄 - 編集者。キン肉マン担当、アデランスの中野さんモデル。
吉竹顕彰 - 気象予報士、気象キャスター
佐々木昭彦 - 元競輪選手
佐々木浩三 - 競輪選手
江口美智子 - ローカルタレント※東松浦郡厳木町(現唐津市厳木町)生まれ
松尾亜紀子 - 工学者、慶應義塾大学教授
小島淳二 - 映像作家
本山博幸 - 神奈川県松田町町長
古里泰隆 - 元プロ野球選手
おのくみこ - ローカルタレント
福地寿樹 - 元プロ野球選手
森惠佑 - 元プロサッカー選手
大久保千夏 - アナウンサー
福田孝子 - アナウンサー
AMADORI - 女性シンガー
山村亮 - ラグビー選手
大宅龍則 - レフェリー
古川侑利 - プロ野球選手
青木理奈 - ローカルタレント
 

 
 
■My best shot!■
金沢・兼六園
 
兼六園
兼六園(けんろくえん)は、石川県金沢市に存在する日本庭園である。国の特別名勝に指定されている。広さは約11.7ヘクタール。
17世紀中期、加賀藩によって金沢城の外郭に造営された藩庭を起源とする江戸時代を代表する池泉回遊式庭園であり、岡山市の後楽園と水戸市の偕楽園と並んで日本三名園の1つに数えられる。2009年3月16日発売の『ミシュラン観光ガイド』では、最高評価の3つ星に選ばれた。園名は、松平定信が『洛陽名園記』を引用し、宏大・幽邃・人力・蒼古・水泉・眺望の6つの景観を兼ね備えていることから命名した。四季それぞれに趣が深く、季節ごとにさまざまな表情を見せるが、特に雪に備えて行われる雪吊は冬の風物詩となっている。県内でも随一の桜・梅・紅葉の名所でもあり、日本さくら名所100選にも選ばれている。

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