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福岡県(筑紫野市)・二日市温泉 扇屋旅館

福岡県(筑紫野市)・二日市温泉 扇屋旅館

なんか煮え切らない1日だった気がする。

そんな時は二日市温泉・扇屋旅館に限る。

あつ湯とぬる湯の絶妙なバランス。

ほぐれるんだよね。

御前湯、博多湯のように急かされる感覚はないしね。

いい温泉だよ。

感謝

いいお湯でした〜♪

400円也

基本情報
所在地:〒818-0058 福岡県筑紫野市湯町2-5-7
電話:092-922-2259


Official site



家庭的で素朴なたたずまいの宿。明治16年創業から地元の人達に愛され続けてきた湯は、美しい肌をつくる事でも評判の天然温泉です。また、真心のこもった料理でのおもてなしでお待ちいたしております。なお、仕事関係での長期・短期の滞在も歓迎いたします。

万葉集にも歌われた悠久の歴史を持つ二日市温泉。泉質はアルカリ単純ラジウム泉で、高温にしてラドンを多く含むお湯は、硫黄の香りが心地よく、しっとりとしていて「美肌の湯」として定評があります。古来より絶えることなく、とうとうと湧き出る素晴らしいお湯にゆったりとつかって、心と体の芯まで暖まる至福のひとときをお過ごしください。

■二日市温泉 (筑紫野市)
二日市温泉(ふつかいちおんせん)は、福岡県筑紫野市湯町にある温泉。

泉質
放射能泉

歴史
開湯は奈良時代である。歴史上の記録では、万葉集に収められた大宰帥・大伴旅人の詠ん
だ歌に初めて記されている。立地は大宰府政庁における四神相応の南の朱雀に比定される
とも言われる。古くは「次田(すいた)の湯」、「薬師温泉」、近世は「武蔵温泉」と呼
ばれていた。江戸時代には、筑前藩主黒田氏専用の「御前湯」が置かれ、「二日市温泉」
と命名されたのは、1950年(昭和25年)である。

地理
JR二日市駅の南西、直線距離約500mの福岡県道7号筑紫野インター線沿線に温泉街がある
が、同駅には当温泉の反対側にあたる東側にしか改札口がない。「博多の奥座敷」ともい
われ、昭和天皇、江沢民、美空ひばりらに縁がある旅館「大丸別荘」を含む7軒の旅館の
ほか、「博多湯」、「御前湯」2軒の共同浴場が存在する。

歌にみる二日市温泉
大伴旅人は大宰府赴任時に妻を亡くし、この温泉にて万葉集にも収録された以下の句を読んだ。

『湯の原に 鳴く芦田鶴は わがごとく 妹に恋ふれや 時わかず鳴く』

幕末には三条実美がこの地を訪れ、以下の句を残した。

『ゆのはらに あそふあしたつ こととはむ なれこそしらめ ちよのいにしへ』

1896年(明治29年)には夏目漱石が新婚旅行に訪れている。戦後は歓楽街としても栄え、芸奴組合なども存在した。

アクセス
鉄道
JR鹿児島本線 二日市駅より徒歩約10分。
西鉄天神大牟田線 二日市駅より西鉄バス3系統(にしてつ時刻表)
市内バス
□ 3(右回り) 西鉄二日市駅→JR二日市駅→パープルプラザ前→警察署前→済生会病院→二日市温泉→筑紫野市役所前→西鉄二日市駅
■ 3(左回り) 西鉄二日市駅←JR二日市駅←パープルプラザ前←警察署前←済生会病院←二日市温泉←筑紫野市役所前←西鉄二日市駅
高速バス
九州自動車道 筑紫野二日市温泉入口バス停より徒歩約8分。
自家用車
九州自動車道筑紫野インターチェンジより福岡県道7号筑紫野インター線


【二日市温泉の熱源】
九州の中心部には霧島火山帯があるため、多くの温泉に恵まれています。源泉は9500ヶ所以上あるといわれており、数の上では九州3県が全国の温泉ベスト5に入っています(環境庁自然保護局施設整備課作成資料/平成10年3月)。まさに温泉の宝庫と言えるでしょう。そのなかにあって、二日市温泉は「放射能泉」という珍しい温泉です。この種の源泉は、九州では玉名・日奈久(熊本県)、堀田(大分県)、弥次ヶ浜(鹿児島県)などがあり、全国的には三朝温泉(鳥取県)、増富温泉(山梨県)が有名です。では、放射能泉とは、どのような温泉なのでしょうか。
筑紫野市周辺には、約9千万年前にできた「早良花崗岩」が広く分布しています。この岩には、ウランを含有したモナズ石という鉱物が多く含まれています。ウランがラジウムやラドンに変化していくときに出る熱で、鷺田川付近の地下水が暖められ、地上に湧出したのが二日市温泉です。


【温泉の効能】
放射能と聞いただけで、つい危険な印象を抱きがちです。しかし、心配はいりません。微量の放射能は、大量の地下水によって希釈されていますから、人体への悪影響は全くありません。それどころか、切り傷・やけど・皮膚病・動脈硬化症・神経痛・関節痛・リウマチ・糖尿病・痛風・冷え性・不妊症など、”万病に効く”といわれるのが、放射能泉の特徴です。
切り傷によく効く温泉は、戦乱の時代では特に重用されたと思われます。詳しい記録はありませんが、二度に渡る蒙古襲来(1274年、81年)、少弐氏・菊地氏の合戦(1336年)、島津氏の北部九州への侵攻(1586年)などの大戦では相当数の負傷者が出たことでしょう。武田信玄が川中島合戦の4ヶ月前に、負傷者の続出を想定して湯屋(山梨県・川浦温泉)の造営にあたったことからもわかるように、交通の要衝にある二日市温泉は、重要な湯治場になったと思われます。


 
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