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佐賀県(鹿島市)・祐徳稲荷神社

佐賀県(鹿島市)・祐徳稲荷神社
20180906

祐徳稲荷神社、参拝者年間300万人。

この前、商工会議所の専務が観光消費額が少ないと。

確かに太宰府天満宮は750万人だけど、それでも半分弱、もう少し上がってもいい門前町


おみやげ屋さんに聞いたら、事業承継の難しさは否めない、と。

頑張ろう!鹿嶋市!

感謝

二拝二拍一拝


基本情報
所在地:〒849-1321 佐賀県鹿島市 古枝乙1855
電話:0954-62-2151


Official site














祐徳稲荷神社
祐徳稲荷神社(ゆうとくいなりじんじゃ)は、佐賀県鹿島市にある神社である。旧社格は県社。別名鎮西日光。

伏見稲荷大社、笠間稲荷神社とともに日本三大稲荷の一つに数えられる。年間300万人の参詣者が訪れる。これは九州の神社では太宰府天満宮に次ぐ参拝客数である。衣食住、生活全般の守護神として、商売繁盛、家運繁栄などで尊崇されている。

由緒
鹿島藩主鍋島直朝夫人で、後陽成天皇の孫・左大臣花山院定好の娘の萬子媛(まんこひめ)が、朝廷の勅願所であった稲荷大神の御分霊を勧請したのに始まる。萬子媛が嫁ぐ際、父から稲荷大神の神鏡を授けられていた。貞享4年(1687年)、石壁山に社殿を建立し、萬子媛自ら奉仕していたが、宝永2年(1705年)、石壁山窟の寿蔵にて、断食して入定を果たした。以降、萬子媛の諡名から「祐徳院」と呼ばれるようになり、祭神の稲荷神とともに萬子媛の霊験により信仰を集めた。

明治の神仏分離により仏式の行事を廃し、祐徳稲荷神社に改称した。その際、萬子媛が入定した寿蔵は境内社の石壁神社とされ、萬子媛に「萬媛命」の神号が贈られた。

現在の本殿は、昭和初期に建て直されたものが昭和24年(1949年)5月に焼失したあと、伊勢神宮造営局長の角南隆が設計して昭和32年(1957年)に再建されたもので、3代目である。主要建物は総漆塗りである。

斎藤茂吉や野口雨情も祐徳稲荷神社を詠った詩を残している。

境内
錦波川を境として西側に本殿、神楽殿、楼門がある。楼門から北側には参集殿、更にその北側には日本庭園がある。本殿は高所にあるが、有料のエレベーターが設置されている。境内入口より北から祐徳バス門前出張所(祐徳神社前バス停)までの間の参道には門前商店街が軒を並べ、その北端には3000台が駐車できる無料駐車場がある。錦波川東の駐車場脇には神社が所蔵する美術工芸品や鎧・刀・鹿島錦など郷土の資料を展示した祐徳博物館が設置されている。

文化財
県重要文化財
命婦社

古文書

交通
佐賀駅前の佐賀駅バスセンターまたは肥前鹿島駅前の鹿島バスセンターより祐徳バス祐徳神社行き乗車(所要時間は佐賀駅バスセンターから約1時間、鹿島バスセンターから約10分)。特に、年末年始(12月31日の深夜24時1月1日(元日)の午前0時前後より)は百貫橋(杵島郡白石町と鹿島市の境)から初詣客の車で渋滞している事がある。なお、1931年までは祐徳軌道が門前まで伸びていたが、現ルートでの長崎本線の開通に伴い廃止された。この祐徳軌道のバス事業を受け継いだのが現在の祐徳自動車、そして子会社の祐徳バスである。


 
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